シミルボン投稿日 2020.09.04
私はkindle版(英語)とkobo版(仏語)を入手。日本語訳の古書、高いんだもん… (2023-8-15追記: その後、某オク経由で入手しました! )
仏語原書に出版履歴あり。Shadow Rock Farm, Lakeville (Connecticut)で1952年6月20日に書き上げ(当時シムノンは米国に移住してた)、日刊新聞Le Figaro紙1952年9月1日〜10月2日連載。出版はPresses de la Cité 1952年9月(発売は10月か?)
(拡大部分はLakevilleのシムノン屋敷。“Album Simenon”(Gallimard 2003)から)
メグレはFBIの招きで数週間米国に滞在、その機会に銃についてあれこれ質問した。そのため別れ際に銃を贈られたのだ。
un automatique dont ils étaient très fiers, un Smith & Wesson 45 spécial, à canon court, dont la détente était extrêmement sensible. Son nom y était gravé.
To J.-J. Maigret,
from his F.B.I. friends.彼ら自慢のオートマチック、スミス&ウエッソン45スペシャル、短銃身で引き金は非常に敏感。名前が彫ってある。
To J.-J. Maigret,
from his F.B.I. friends.(J.-J.メグレ様に。F.B.I.の友人一同より)
(拙訳)
うーん。色々微妙です。
まずメグレ・トリビアとしては、公式名が
ジュール・フランソワ・アメデ・メグレ (Jules François Amédée Maigret、Wikiより。ただし仏WikiではJules Amédée Françoisの順番でこっちが正しいのか?)
のはずが、JJっていったい…
実はこの文章の後に
「何で J.-J. Maigret ?」 [メッセージを見た人のセリフ]
「なんか米国人って大抵ファースト、ミドルの二つしか名前がないんだよ… ホントはオレJules-Joseph Anthelmeなんだけどね…」
(かなり意訳)
と答えるシーンがあって、ジュールだけしか合ってない!
シムノン、記憶に頼って書いてて、読者や編集者からの突っ込みなんて「そんなのどうでも良かろう」って感じだったんじゃないかな?
まあそれは本題じゃなくて、まず
疑問1「オートマチック(automatique)」?「リボルバー(revolver)」?
英語ではautomaticはコルトガバメントに代表される semi-automatic pistol のこと。(以下、画像はWikiから)
一方、revolverは廻転式拳銃、輪胴式拳銃、などと呼ばれる西部劇でお馴染みのやつ(写真はコルト・デテクティブスペシャル)
メグレのRevolverというタイトルなのに、実はautomaticかよ!と思うでしょ?
でも仏語としてのrevolverならば、一般的なハンドガン(拳銃、ピストル)の総称としての意味もあるので、これはこれでオッケー。(実は英語でも、こーゆー使用例はままある。例: 映画『ケンネル殺人事件』(1933)、 セリフはrevolverだが画面ではautomatic)
問題はここで描写されてる拳銃って本当にオートマチック?ってことだ。廻転式拳銃では使用者の好みにより銃身の長さが選べることが多いんだが、自動拳銃の場合、銃身長はスライドの関係で決まるのでヴァリエーションってほぼ無くて、「銃身が短い」、と言う表現は大抵リボルバーのものだ。(もちろん例外はあってP08とかP38とか銃身がかなり露出してる銃で、無理矢理、銃身を途中で切り落とした改造を見たことがある。あとコルトコマンダーは確かに銃身がコルトガバメントに比べ短くなっている。いずれも持ち運びに便利、という目的)
あとオートマチックは基本ガサツな拳銃だから、「引き金が敏感」というここの表現もどっちかというとリボルバーっぽい。
一番の問題は、S&Wが1937-1954の間にオートマチック拳銃を全く製造販売してないこと(S&Wが45口径オートマチックを製造し始めたのは1996年辺りが最初)。
じゃあ会社名が違うのか? コルト社なら45オートマチック拳銃の元締めだが、自慢の銃をプレゼント、というには普通過ぎて特別感が無い気がする。逆にS&Wのリボルバーなら高級仕上げで価格も高め、プロが自信を持ってお薦め、の拳銃でプレゼントにふさわしい。(ゴルゴ13も次元大介もS&W派)
なのでここはautomatiqueは誤り、勘違い、という結論で良いだろう。
疑問2 「45 Special」って何?
もう一つの大問題は、後ろについた「スペシャル」。
えっ、チーフ・スペシャルとかデテクティブ・スペシャルとか、結構普通でしょ?
でもそれは38口径の話。昔のノーマル38口径弾は威力が足りないため、米比戦争でモロ族に手痛いしっぺ返しを食った。そこで大型の45口径が開発されたが、その拳銃は大型で重く、市内で使うには威力が大きすぎる。なので38弾より火薬を増した38スペシャル弾が登場した。これはそこそこのパワーと軽さを兼ね備えていたため、警察などの主流弾丸となったのだ。
(威力の比較のため『ピストル弾薬事典』から弾丸初活力を調べると、38ロング・コルト弾(米比戦争時)276ジュール、45コルト弾(リボルバー用)582ジュール、45ACP弾(自動拳銃用)510ジュール、38スペシャル弾373ジュール。数字の意味はよく知らないけど45口径はかなり凄そう)
38スペシャル弾は古い銃だと銃の方がイカれてしまうこともある。なので38スペシャル弾対応の銃は名前の後ろに「スペシャル」と付けて区別したワケ。銃身にもその旨明示してある。(写真はコルト・デテクティブスペシャルのもの)
じゃあ45スペシャル弾は?というと、44スペシャル弾は存在するが、45スペシャル弾が流通したことはない。(床井さんの弾薬事典にも載っていない。試作のタマでそーゆー仮名が付いたものはあったらしいが…)
ということで、以下の三つの説が思い浮かんだ。
<説1>単なる45口径(スペシャルは誤り、筆の勢い)
当時のS&Wリボルバー45口径ならM1917だろう。ちょっと特殊で自動拳銃用の45ACP弾にアダプター(クリップという)をはめて使用する。第一次大戦中、自動拳銃が足りなくなったため、同じ弾丸を撃てるリボルバーを代用品として用意したもの。お下がりとして第二次大戦後の日本警察にもかなり導入されていたという。
(弾丸の塊のお尻部分にクリップが見える。リボルバー用と違い、自動拳銃用の弾丸には出っ張りがないため、抑えが必要なワケ)
(銅色の弾頭のは.45 Auto Rim弾。45ACP弾の変種で、リボルバー用に出っ張り(リム)が付けられたもの)
<説2>45口径だが特別版 (公式な通称ではないが、私的に、特別、という意味)
実はこのM1917にも、リボルバー用の45Colt弾が撃てるヴァージョンがあり、200丁ほど確認されている。この特別版をメグレに贈る際に「スペシャル」なものだよ!と言ったのか。
以上、二つの説には難点がある。まず一つ目。M1917の銃身は5.5インチだけで短銃身用のは無い。(もちろん公式に存在しなくても改造は可能ではある)
二つ目。物語の中で、この拳銃に合う弾丸を銃砲店で探す場面があるが、型と口径(la marque et le calibre)をメモに書いて聞いている。S&W 45 Special だ、とメグレは二度言っている。銃砲店では困っただろう。この表現だと上記の二つの可能性の他、旧式のS&W45スコーフィールド弾の可能性もあり得るからだ。
そこで
<説3>44 Specialの間違い。
(これは44 Hand Ejector 初期ヴァージョンだがWikiにこれしかなさそうなので…)
これなら短銃身版(4インチ)も、公式にある。時代から考えて44 Special Hand Ejector Third か Fourth(1950年以降)モデル。本書の3箇所の45を44になおすだけで良い。(ついでにautomatiqueの一箇所も) 44も45も同じじゃねえの?とシムノンは思ってたんじゃないだろうか。