十六 × 二十

本について。時々他のネタも。心臓が悪いのでコメント不可です…

ハメットとクイーン

 


この駄文はWebサイト『ミステリの祭典』に、断片的に書いたものをまとめたもの。なので既視感があっても不思議じゃないですよ!

 

ダシール・ハメット(1894-1961)って、日本ではイマイチ人気がない。チャンドラーは大人気。私のブログの最高傑作(しつこいよ)もチャンドラーネタ。

短篇全集はチャンドラーなら老舗2社(早川と創元)から出てるのに、ハメット短篇全集は、創元が企画途中でぶん投げられている。ハードボイルドを創ったのはハメットだ!と崇められてるのにね…


EQことエラリー・クイーン(ダネイ1905-1982、リー1905-1971)とは、長篇発表がほぼタメ、ハメットは短篇で1922年デビューだけど。


ハメット最初期の作品を見ると、ちょっと捻くれた日常スケッチ、という感じ。血みどろになるのはブラック・マスク誌のコディ編集長の時だ。(多分ハメットがBlack Maskingと言ってたのは、殴り合いやガンファイトを足したり、死体の数を増やしたり、という作業を自嘲したものだと、私は勝手に想像している…)

ハメットの場合、日常とは探偵稼業の事だった。だから必然的にミステリに関係するようになっただけ。


これはハメットねたが超面白いブログ(Don Herron主宰のWebサイト “Up and Down These Mean Streets”のHammett: Book Reviewer参照)で知ったのだが、ハメットは1920年代後半に誰かのツテで一流批評誌The Saturday Review of Literatureにミステリの書評を担当している。日本で紹介されたのはヴァンダイン『ベンスン殺人事件』を評した文章(署名入り、January 15, 1927)。でも、この翻訳(上記アマゾン本に所載)、もっとも面白いマクラ部分を何故か省いているので、ここでご紹介。


長いこと民間探偵局に勤め色々な街で働いたが、探偵小説を読むと言った同僚は一人だけだ。「たくさん読むよ」と奴は言った。「日々の探偵仕事でウンザリしたら、リラックスしたいのさ。日常家業と全く違うもので気を紛らわせたい。だから探偵小説を読む」

奴なら“False Face”が気にいるだろう。これには日常業務で起こりうる事と全く違う話が書かれている。

と最初の作品の評に入ります。


ラインナップは探偵もの長篇小説五冊(いずれも1926年出版)、順に①False Face by Sydney Horten ②The Benson Murder Case by S.S. Van Dine ③The Malaret Mystery by Olga Hartley ④Sea Fog by J.S. Fletcher ⑤The Massingham Butterfly by J.S. Fletcher.


原タイトルは“Poor Scotland Yard!”で、最初の作品が英国もので、信じがたいほど間抜けな組織としてスコットランド・ヤードが描かれていることから。

…しかしながら兄弟国を笑ってばかりもいられない。同書に出てくる米国シークレット・サービスや、『ベンスン殺人事件』のニューヨーク警察やD.A.も同じ調子なのだから。

という感じで、「ベンスン評」に続きます。


こうなると、ほかに有名作品を評していないの?とリストを確認しちゃいますよね。(詳しくは上記ブログの記事を参照願います)

私が注目したのは以下の二冊。


一冊目はセイヤーズ『ベローナクラブ』(匿名、Saturday Review October 27, 1928)


かなり良い探偵小説になるはずだった作品。犯罪やそれに至る動機は相当に納得のいくものだ。[評の中盤はストーリーの要約なので省略] だが展開が遅すぎる。これが本書の問題点。展開が遅いので読者をびっくりさせられない。筋を予想する時間がたっぷりあるので、特に鋭敏でない読者にも一章分から六章分くらいの先が余裕で読めるだろう。

(ストーリー要約以外は全文を翻訳)


そして二冊目はこれ!


エラリー・クイーン『ローマ帽子』(匿名、Saturday Review October 12, 1929)


この「推論の問題」は二人の新探偵クイーンたち(父と子)のお披露目である。愛想良い嗅ぎタバコ好きとファイロヴァンス風の本の虫。感じは良いが、ちょっとウブ過ぎで会話がchorus-likeに過ぎる感じ。[評の中盤はストーリー要約なので省略] 小さな欠点(劇場支配人が座席表を知らなかったり、動機がちょっと前の劇場ミステリに使われていた)を除けば、本作は本格(straight)探偵小説好きの要望にかなう作品だ。ただし鋭い愛好家なら、全ての証拠は提示された、という告知のところで、真相にたどり着いているかもしれない。

(ストーリー要約以外は全文を翻訳、訳せなかったchorus-likeは親子仲が良すぎて、子唱親随みたいな感じ?)


似た動機が使われてたという「ちょっと前の」another theatrical mysteryが気になる…


って、これ、若き作者(たち)が感激した、と『最後の一撃』(1958) 第二部の冒頭に(一部略で)引用してる『ローマ帽子』評じゃないか!(青田訳を確認してから試訳を公表するつもりだったが、文庫本がどこかに埋れてて… 重大な誤りがあったらコソッと直そう…)


EQは、戦後、すっかり忘れられていたハメットのブラック・マスク誌掲載短篇をコツコツ発掘してEQMMに掲載していた。それまで短篇集など全く出版されていなかったのだ。

そしてファンが作者に会う、という目線の序文をつけて(創元の『ハメット短篇集』に訳載)ハメットを非常に賞賛している。(その割に文章をいじっているが… 詳細は上記Don Herronのブログを見て見て!)


EQは匿名の評者がハメットだったことを知っていたのか?(知ってたならハメットの名を大いばりで書き込んだに違いない、と思う。後日、知ったらしい形跡も無さそう…


でもEQはこれを知ったら喜んだろうなあ!