十六 × 二十

本について。時々他のネタも。心臓が悪いのでコメント不可です…

列の中のジョセフィン・テイとEQ

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ジョセフィン・テイ初のミステリ小説『列の中の男』(The Man in the Queue 1929)は、最初Gordon Daviot名義でMethuen社の探偵小説コンテストに応募したもの。

『列の中の男』(論創社)の「解説」では「このコンテストに優勝した」と書かれているのだが、そこら辺を確認してみました。英国新聞のアーカイブ(British Newsppaper Archive)とNew York Times Archiveを検索しましたよ。

まず1927年5月26日 The Scotsmanの広告欄から。

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審査員はH・C・ベイリー、ロナルド・A・ノックス、A・A・ミルンの三人という豪華メンバー。応募条件は「その作家の探偵小説ジャンルでは最初で未発表の作品」で、締切は1928年5月19日ですね。第一席£250、第二席£150です。英国消費者物価指数基準1927/2025(80.28倍)で£1=15348円。それぞれ384万円と230万円です。

伝記("Josephine Tey: A Life" by Jennifer Morag Henderson 2015)によると、テイさんは賞金がなかったら探偵小説には応募していなかった、とのこと。

米国でも、同時期に類似のコンテストがあって、有名なNew McClure's Magazine主催、賞金$7500のMystery Novel Contestです。ブログPretty Sinister Booksの記事 "The Enigma of the New McClure's Mystery Contest"が詳しいのですが、当初はEQ『ローマ帽子の謎』が選ばれていたのに新マクルーア誌が潰れたため、Smart Set誌がコンテストを引き継ぎ、雑誌のメイン読者である女性層への受けを狙って、マイヤーズ『殺人者はまだ来ない』が賞金と連載を得た、ということです。賞金の内訳は連載権$5000、書籍出版権$2500、雑誌の連載が重視されてたのですね。米国消費者物価指数基準1929/2025(18.70倍)で$1=2689円。$7500=2017万円!EQ両氏は悔しかっただろうなあ。

なおマイヤーズ『殺人者はまだ来ない』は国会図書館デジタルコレクションで読めますので、バカ高い古書を探さなくても大丈夫ですよ!

 

New York Timesアーカイブでこのコンテストの記事を探したら1928年8月12日に載っていました。

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トークス社と新マクルーア誌が賞金$7500の探偵小説長篇(mystery detective novel)コンテストを実施する。1929年1月が締切で、国籍を問わず全ての作家が応募可能。優勝した作品は新マクルーア誌で1929年春から連載され、ストークス社から秋に出版される。原稿は両社編集部が審査。詳しいことはCurtis Brown社に問い合わせを。(拙訳)

ずいぶん締切がきついなあ。そして英国Methuenのコンテストの方が先だったんですね。でもこの条件なら、既存のミステリ作家でも参加出来るように読めるから、応募した作家が結構いるのでは? そこら辺の調査はまた後ほど…

 

さて英国メシュエン社のコンテストに戻りましょう。

1928年7月6日Booksellerの記事。

メシュエン社はコンテスト結果の発表を6月末に予定していたのですが、応募数がかなり多かったので、二三週間後の結果発表を予定しています、とのこと。

 

結果発表の記事は拾えなかったのですが、1929年2月8日Booksellerにメシュエン社の広告が載っていました。

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第一席(£250)はTHE INCONSISTENT VILLAINS by N. A. Temple Ellis

第二席(£150)は THE MURDER IN THE LABORATORY by T. L. Davidson

受賞作はThe Man in the Queue by Gordon Daviot(ジョセフィン・テイ)ではありません!

その後、受賞した作品のカバー裏を確認すると、たくさんの応募があったのでメシュエン社は新しい叢書 Methuen Clue Storiesを立ち上げ、応募作の中から有望作を出版していったようです。

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ここにやっとThe Man in the Queue by Gordon Daviotが登場しますが、五番目。この順番が評価順かもしれませんが、少なくとも第三席相当だと推察されます。

ところで第一席と第二席の販売価格は7シリング6ペンスなのですが、それ以外は3シリング6ペンスの廉価版です。判型を確かめてみると、日本の文庫本サイズのミニ・ハードカヴァーでした。これだと単価が安い分、著作収入も減っちゃいますね…

『列の中の男』がテイさん名義で再発売されたのは、テイさんの死後1953年のこと。それまでは無かったことにされていた感じで、それが不思議だったんですけど、出版社の不当な扱いがテイさんには気に入らなかったのかも。

 

ところで米国ダットン社がTHE INCONSISTENT VILLAINを出版した時の初版カバーはこちら。

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Dutton-Methuenの探偵小説コンテスト、とされており、賞金は$2500になっています。当時のドル/ポンドレートは4.86だから、£250なら$1215にしかならない。残りはダットン社が米国の出版権として出費したのかなあ… <注>

New York TimesアーカイブにはDuttonが関係した探偵小説コンテストの記事は全然ありません。ググってもヒットしない。このコンテスト、単にMethuenに乗っかっただけのような気がする。

実はDaviot名義の『列の中の男』はDutton Mystery Prizeを受賞した、という情報がネットにあり、でもこの賞についてググっても全然出てこない。なのでメシュエン社のコンテストの佳作を「ダットン・ミステリ賞」という名で箔をつけただけのような気がします。

 

<注>

ハメット『マルタの鷹』(1930出版)を読んだ時、1ポンド=10ドルの換算が出てきて、不思議だったのだが、もしかして経済上のレートは4.86(このレートは当時の新聞でも確認済み。1920年代後半はこのレートで変わらず)でも、市中の商品取引では手数料とか込み込みで10倍が相場だったのかも、と思ってしまった。

「賢者の贈り物」の謎 《解決編》

謎があると解決したくなるのがミステリ者(SF者[エスエフもの]っぽい言い方)のサガ。

 

前回のまとめ!

感動的な短篇O・ヘンリー「賢者の贈り物」は貧乏夫婦の話だったはずなのに、現在価値に換算すると、節約してやっと貯めた9894円($1.87)、家賃18万円($8 a week)のアパートに住む月収46万円($20 a week)の夫婦。妻が夫のために選んだクリスマス・プレゼントは11万円($21)の時計鎖!

お金にだらしない金満夫婦の茶番になっちゃうよ!

前回は、当時の賃金統計と家賃統計から見ても異常に高い額であることを説明した。

なんでO・ヘンリーは家賃と賃金をこんな高額に設定しちゃったんだろう?

 

詳しくは以下をご覧ください。

さて英Wiki "The Gift of the Magi"では「あらすじ」で

The Gift of the Magi - Wikipedia

she has only $1.87 (equivalent to about $70 in 2025)

[中略]

Madame Sofronie, who buys Della's hair for $20 (about $785 in 2025)

と価値換算をしてるくせに、給料や家賃の現在価値については全く言及していない。たぶん気づいてるのに作品が台無しになるので、無視してるんだ!(まあでも当時の週給$20は現在の週給$785(=14万8千円)と自動的にわかっちゃうので勘の良い人は何か変だなあ、と気づくだろう)

 

ところで、この謎は解決出来るかも?とふと思った。

 

私は、最初原文を読んだ時、アパートをflatと呼んでいるので英国っぽいなぁ、と感じていたのだ。

そこから、もしかしてO・ヘンリーは最初、異国(ロンドン)を舞台とした寓話の感覚で書いたのでは?と妄想したわけです。

 

では当時の英国と仮定して、現在価値を計算してみよう。

英国消費者物価指数基準1905/2025(157.07倍)で£1=29854円。流石にポンド単位は高過ぎるのでシリング(1/20ポンド)ベースで各金額を変換すると: (なお当時の英国通貨は1ペンス=1/12シリング、1ファージング=1/4ペンス)

・手元の金1シリング87ペンス(8シリング3ペンス)=12281円

〜あるいは1シリング10ペンス2ファージング(1.875シリング)か(=2799円)。

・フラットの家賃週8シリング=月51747円

・週給20シリング=月給129367円

・美しい髪の対価20シリング=29854円

時計鎖の代金21シリング(31347円)というのは、英国では宝飾・骨董品などがギニー単位(21シリング)で取引される慣習を思わせる。

うわ、なんかバリバリ辻褄が合っちゃうぞ!

 

初出時の新聞編集者が「ロンドンなんて遠い話は親しみにくい、シリングじゃ実感わかねー」と言ったので、急遽シリングをドルに変えて米国の話にしちゃった… というのが真相なのでは?

 

そうでないと前回言及したデパート女店員の賃金(月収13万8千円)や家賃 (月45852円)が出てくる"An Unfinished Story"(初出:月刊誌McClure's 1905-08、新潮文庫『O・ヘンリー傑作選Ⅲ』に「未完の物語」として収録)でまともな物価感覚を示していた作者が急にメチャクチャになった説明がつかない気がする。

 

O・ヘンリーさんは異国を舞台にしてファンタジー気分を強めに出したくて、ちょうど良さげな金額を苦労してシリング単位で計算して設定したのに、単位を米国ドルに変えろ、と言われて腹が立って、乱暴に金額を当てはめたのかも… 修正後、編集者からまた苦情が来るか?と思ってたらあっさり通って拍子抜け、という結果に… (あくまで私の妄想です)

 

ちくま文庫『O・ヘンリー ニューヨーク小説集 街の夢』(青山南 編)に「賢者の贈り物」初出の写真があったので参考展示(残念ながら拡大しても金額は読めなかった)。このちくま文庫には 前に紹介したAn Unfinished Story(こちらでは「終わらない話」)も収録されてるので、O・ヘンリーの物価感覚の比較に良いよ。

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※ O・ヘンリー作品全集でflatを検索すると、他の短篇でも安アパートの意味で使っている。米国北部では「安アパート」のことをflatと呼ぶらしい。作者が英国を舞台にした小説は無さそう。そんなような上の解決に反する事実がある。

それなら「週」と書いてるのは、実は「月」の誤りだった、としたらどうだろう?

 

米国消費者物価指数基準1905/2025(36.1倍)で$1=5291円。

・家賃8ドル=42328円

月給20ドル=105280円

これ「未完の物語」のデパートの女店員より低いんだけど… 極貧乏な収入だ。

まあでも時計鎖が21ドル(=11万円)というのは、これでは説明がつかない。どんな浪費家だよって話になっちゃうね…

 

 

(追記)

この短篇内に、単純に全部の金額設定が違うのかも、という可能性をうかがわせる箇所がある。後半あたりの Eight dollars a week or a million a year—what is the difference? (試訳: 週8ドルと年百万ドル… 違いは何だろう?)という文だ。最初の「週8ドル」は家賃とは思えない。とすると、実は賃金は週8ドルとするつもりだったのか?

まあでも物の値段の感覚って、身体に染み付いてるから、これほど多くの箇所で全部を間違えないと思うんだ。

 

(追追記)

「賢者の贈り物」で金額の疑問を呈している人はいないか?といろいろ文庫本(新潮、角川、ちくまの各新訳)や、Webサイトをあたってみたが、家賃や賃金への疑義は見当たらなかった。

一つ面白かったのは「手元の1ドル87セント、60枚は1セント銅貨」というところで、じゃあ残り27セントは他の小銭のはずだが、こういう端数になるか?と疑問を持った方がいた。

確かに現行貨幣では5セント、10セント、25セントしか可能性はないのだが、昔は2セント銅貨、3セント銀貨又はニッケル貨があったのだ(2セントは1864-1873発行、3セントは1851-1889発行なので1905年でも市中に出回っていたはず)。

 

(追追追記)

角川文庫『オー・ヘンリー傑作集1』巻末の英文学者 飯島淳秀さんの解説が腑に落ちた。

若い頃からO・ヘンリー(1862-1910)は高級取りで(20代前半で月100ドルの給与: 米国消費者物価指数基準1886/2025(33.79倍)で$1=4952円, 当時の100ドルは約50万円)、1890年代は酒好きで浪費家、1905年ごろの最も売れてた時期には月500ドル(265万円)の収入があったにもかかわらず、浪費癖は変わらず、原稿料の前借りをするくらいだった、という。

 

終結: O・ヘンリーは執筆当時、高級取りの浪費家で、庶民の収入レベルなんて知らなかった。だから「賢者の贈り物」では適当な金額を書いた(それとも俺は若い頃、そのくらい稼いでいたぜ!という自負のなせるワザか)。金銭にだらしないから後先考えずプレゼントにパーッと大金を使うのもヘッチャラ。「未完の物語」でまともな金額が書かれているのは、月刊誌マクルーア編集部がちゃんと修正したからだろう。「賢者の贈り物」は新聞掲載だから校正が不十分だったのだ…

 

(追記2025-04-08)

SmithsonianMagの記事によると、O・ヘンリーは本作を締め切り直前に大急ぎで二時間で書き上げた、という。じゃあ、やっぱり満足な校正は無理だったんだ。The History of O. Henry's 'The Gift of the Magi'

O・ヘンリー「賢者の贈り物」の金銭感覚

 

The Gift of the Magi by O.Henry (初出 The New York Sunday World 1905-12-10 as "Gifts of the Magi")

素敵な絵本を見つけて、そういえば出てくる金額って、現在価値どれくらいかな?と気になった。

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計算するとびっくり。米国消費者物価指数基準1905/2025(36.1倍)で$1=5291円。ということは手持ち1ドル87セントは9894円、これは良いとして週8ドルの家具付きアパートの家賃は月額18万円、夫の稼ぎ週20ドルは月収46万円、美しい髪の値段20ドルは10万6千円。 みんな高過ぎる… もしかしてどこかで原文の価格が、後日改訂されてるのかも?と思ってGutenbergで収録短篇集The Four Million(1906)を見ても額は同じだった。

同じ短篇集に値段がたくさん書かれている作品 An Unfinished Story があって、百貨店の売り子が主人公、アパート代週2ドル(月45852円)、週給6ドル(月収13万8千円)、夕飯15セント(794円)、朝食10セント(529円)と非常にまともな換算結果である。なので消費者物価指数換算が間違ってる訳では無さそう。

これはいったいどういうことだろう?月収46万円は全然貧乏じゃないよ。それなのに節約してやっと蓄えたお金が1ドル87セント… この二人、浪費家夫婦だったのだろうか… でもこの家賃(月18万円)は最低クラスの住居だと書かれているし…

本当にいったいどういうことなんだろう?

 

(2025-04-04追記)

当時の統計を確認すると、週給20ドル以上稼ぐ男性は、16歳以上の男性労働者の上位6%(1905年の統計)。Census of manufactures: 1905. Earnings of wage-earners - Full View | HathiTrust Digital Library

家賃の相場(1909年の統計)は三部屋で$2.33、四部屋で$2.92、五部屋で$3.63、六部屋で$4.22(ニューヨークは高い、特にマンハッタン、ということなので一番高い値を採用した)。Bulletin of the United States Bureau of Labor, Nos. 1 - 100, March 1911 : Bulletin of the United States Bureau of Labor, No. 93, Volume XXII | FRASER | St. Louis Fed

この短篇のいずれの金額も、当時の水準を大幅に超えている。金額を3/8に割引いて、週給8ドル(上述の63%: 中の下レベル)、家賃週3ドル程度が話の内容からは相応しいと思う。

発表当時の読者はどう思ったのだろう?到底稼げるはずもない週20ドルという高給、貧乏と言ってるのに週8ドルの家賃… アホくさ、と思わなかったのか?

Queen Anne Is Dead

シミルボン投稿日 2022.09.10

 

今回は時事ネタです。

[2023-8-29注釈: 英国女王追悼、もう約一周忌なんですねなおタイトルは「そんなこと秘密じゃない、誰でも知ってるよ」という英語の慣用句]
エリザベス女王(二世)のエピソードで私の記憶に残っているのは、これ。

エリザベス女王(二世)があるスコットランドの村を訪ねられたとき、一家の農家で紅茶を出されたことがあった。その家の女主人はうやうやしく、女王陛下にミルク・ティを差し出し、自分もその紅茶をカップから受皿についで飲みはじめた。
それを見ておられたエリザベス女王は、その女主人と同じように、カップのお茶を受皿についでお飲みになったという話を耳にしたことがある。女王陛下のような方が、そんな作法でふだん紅茶を召しあがることは決してないが、この場合は女主人に敬意を表して、同じマナーで飲まれたものと思われる。

以前、私がシミルボン「紅茶を受け皿で」にちょこっと書いた件ですけど、これが本当のマナー、エチケットですよね。些細なことばかり気にするアホなマナー評論家はくたばれば良い。

 

さて本題です。

ある新聞の記事で、英国紙幣で肖像が使われたのは、エリザベス二世が最初、と書いてあったのですが、あれ?第一次大戦時のジョージ五世が最初では?と記憶にあったので、調べてみました。(画像はいずれもBank of England ホームページ “Withdrawn banknotes”から)

これが191487日に発行された£1 1st Series Treasury Issueで肖像(横顔)が左側に小さく乗っています。

ジョージ五世の横顔ですね。まあでもこれはバンク・オブ・イングランド発行ではなく、財務省発行券(Treasury note)なのです。

(2023-8-29追記: なぜ英国銀行券として発行されなかったのか、というと、当時の英国銀行券は全て兌換紙幣で、使用者から要求があれば金と交換する必要があったが、この財務省紙幣は、第一次大戦勃発による金の国外流出を防ぐための緊急措置。当時1ポンドは金貨のみで、金貨が大量に国外に流れはじめていたのだ。それで英国銀行ではなく、財務省が不換紙幣として発行したのだろう)

英国銀行が正式に発行した紙幣として、肖像が使われたのは、以下のが初です。

£5 Series B (発行1957-2-21から1963まで)


まあこちらは架空のキャラBritannaさんなんですが、立派な肖像ですよね。
では実在人物の肖像が「英国銀行券」で最初に使われたのは?

£1 Series C (発行1960-3-17から1978)
若々しいエリザベス女王の肖像です(即位は19522月なので8年後のこと)

なので、結論は

英国銀行券として、実在人物の肖像が使われたのはエリザベス二世が最初で1960年のことだった、

というのが正解でした。

Webの記事の表現は
エリザベス女王はイギリスの国家元首として初めて紙幣に描かれました。」
とか
「女王は英国元首として初めて紙幣に採用された。」
とか書いてありました。
原文はきっと Bank of England note なんでしょうね。

 

(追記: なぜこれが話題になったのか、考えると
「従って英国では王の代替わりによる前王の肖像の描かれた紙幣の通用を停止するか否かの前例が無い」
という事を言いたかったのだろうと思います。それで今回わざわざ女王の肖像の銀行券は今後も通用するよ、という(実に当然と思われる)公式アナウンスがあったのでしょう。なおジョージ五世の財務省発行券の方はジョージ五世の退位前に全て通用期間を終えているので、代替わりを考慮する必要はありませんでした)

金が大事かねえ【資料】ロシア(承前)、フランス、ドイツ、イタリア篇(最終版)

シミルボン投稿日 2022.08.20(はてブ2023-8-27:内容を増補改訂して3回分割したもの)

前回、前々回の記事はこちら

さて前回、こういうやり方は変だよ、次回説明しますねと書きました。

簡単にまとめるとこんな感じ。

  1. あるサイトで1880年のルーブル(帝政ロシア)を現在の日本円に換算している。
  2. まず1880年のルーブルが当時(明治13)の日本円でいくらになるのか、を計算。これは金基準で換算すれば簡単にわかる。この記事の最後に便利なサイト【資料A】へのリンクがある答は1RUR(1880)= 0.53YEN(明治13)
  3. そして、明治13年の0.53円が、現在(2020年にしておきましょう)の何円なのか?を日本の消費者物価指数(以下CPI)により換算。(これは第一回で紹介したサイト【資料J 】(下に再掲)を使えば楽々です) 答は0.53YEN(明治13)= 2506(2020)に相当。
  4. つまり1880年の1ルーブルは現在の2506円である。

 

この計算方法、変だと思いませんか。

例えば40年前(ここでは1980年としましょう、ソビエト時代です)1ルーブルって今の何ルーブルに相当するの?と問われたら、1980年から2020年までのソビエト〜ロシア物価の推移を使いますよね。(前回述べたように、このような統計は存在しませんがなお私のロシアCPI 推計では48.1)

ここに日本のCPI推移を使ったら意味ないじゃないですか。ロシア世界と何の関わりもない推計になってしまいます。

まあ意味を無理矢理つけるとしたら、

40年前(1980)、僕は1ルーブル紙幣を日本円に両替して57円だったけど、この57円って今(2020)の日本円に換算して131円。じゃあ131円を今のルーブルに両替したらいくらになるのかなあ?

二国間の歴史的為替レートは下の【資料A】サイトで簡単に計算できます。ただし【資料A】サイトは2015年が有効下限なので、2020年のルーブル/円の交換レートをWebで調べると1RUB=1.49YEN、なので答は87ルーブル

 

つまりロシアCPI を使った換算だと、

1RUR(1980)=48.1RUB(2020)=72YEN

日本CPIを使うと、

1RUR(1980)=87RUB(2020)=131YEN

です。

ずいぶん違いが出てきます。

 

最初に戻って我々が知りたいのは1880年の1ルーブルが、現在のロシアで何ルーブル相当なのか、ということで、それがわかった上で、日本円に換算してみたら何円になるのか、という事でしょう?

でも1880年当時の1ルーブルは0.53円だったんだから、その0.53円が現代日本でいくらになるか、という問いの方が我々日本人には価値を実感出来るのでは?という反論に対しては、じゃあロシアの物価を全部無視で良いのか?と逆にお聞きしたいです。ロシアの物価にはロシアの歴史が詰まっているのですから。

何故か、というと、モノの価値は各種生活環境で違うわけで、極端に言ったら同じ国でも、東京と札幌だって違う。東京なら珍しいモノ(例えば欧米直輸入モノの骨董品)が案外安価で手に入ったり、食事も美味しくて安い定食屋が結構ある。札幌なら食料品の素材は良いモノが安く手に入るが、美味しいトンカツ屋はそこそこ高い、ラーメン屋もバカ高いし、など… (個人の主観です日本ではやたら家賃が高いが、欧米では結構安い(これは乱暴な一般化)。そういうのは歴史的なものか、と思ったら、日本でも江戸時代は結構安かった。あと、大阪や京都は札幌と比較すると敷金などがバカ高い。これも地域性ですよね。

だから過去のある時点のモノの値段、というのは、その国・地域においての、という生活文化圏的な要素と密接に結びついているのです。モノの価値の高低は相対的なものですが、地域の伝統や必要性によってモノは他のモノより高くなったり、低くなったりします。だから、その地域の物価の歴史を考慮しなければ、価値換算なんて出来ません。

そして、その国の歴史的観点から見た一般的なモノの平均的な価格のデータなら、CPIが使える指標として出回っているよ、だからCPIを使えばいいじゃない、というのが私の考えです。

単一ブツ(例えば喫茶店のコーヒー)の値段の推移だけの研究ならば、各国・各地域において時系列的に追えるでしょうけど、それが一般的なモノの値段の推移と比べてどう違うか(戦前は安かったが戦後急に高くなった、とか)は、そもそもその地域の消費者物価のデータがないと高低の比較なんてできません。

 

ルーブル換算で前回示した方法は、かなり乱暴な推計になっていて、1970年まで金基準に頼っており、本当はCPIデータがもちょっと前まであれば良いなあ、と思っています。

なのでソ連〜ロシアに関してはまだまだ要調査と考えています(公式統計の嘘数値もありそう)

 

では各国別、価値換算の具体例、という事で、次はフランスを取り上げてみましょう。

フランスは1840年からCPI数値があるので(ただしWebでは古い数値が見当たらず、私は下の【資料B】を参照しています)問題なし!と思ったら、変なイチャモンが。

このシリーズの冒頭で題名だけ示していた論文「バルザック時代の一フラン」(佐野 栄一)です。

https://www2.rku.ac.jp/sano/Etudes/La%20valeur%20de%20franc.pdf

簡単にざっくりまとめると

最近のある論文でバルザック時代(1840)1フランをCPIに基づく計算で、1999年の500円くらいだよ、と書いてるが、昔から1000円くらいだと偉い先生方に教わってきたし、いろいろ考慮するとやっぱり1フラン=1000円くらいが適当じゃないか? 実感的に500円だと生活できないような給与レベルだし、日銀も「江戸中期の一両は今のいくらか?」という問いに対して、米価基準でいくら、蕎麦基準でいくら、大工の工賃基準でいくらだよ、と回答している。そもそも社会構造が違うし、ただの尺度なので、人それぞれの塩梅で良いんだよ

出ました。文系脳の謎理論。

 

こういうアホ理論は歴史家も採用していて、私も著書やTVの教養番組などで感心することの多い磯田 道史さんですら『江戸の家計簿 (宝島社新書) 』で全く同じ一両に対して63000(「現代価格」以下換算K)30万円(「現代感覚」以下換算N)の二種類の換算を使用する、という愚挙をして全く平気です。

同心の年収は300万円(換算N)、蕎麦は約250(換算K)といった具合。換算Kなら同心の年収が63万円になっちゃって「実感と比べて」安くなりすぎるから、という理由らしいが、換算基準を統一すれば、同心は年収63万円で250円の蕎麦を食べるのだ、あるいは年収300万円で1200円の蕎麦を食べることになる、いずれもやや高めの食事じゃないか、そういうことは換算レートを統一しないと理解出来ない。要は、昔は給与水準が物価に比べて低かった、ということだろう。

 

佐野先生、昔のフランスは物価が安かった、ということなんですよ

今、我々がフィリピンとかに旅行したら実感するのとおんなじです。価値換算とはそういうものなんですよ、と言ってあげたい。

論文の分析は結構いろいろ目配りが効いていて、資料の選択も適正。ただ最後で「おいらの実感と違う!」とぶん投げて、「適正な」価値設定なんてモノにより全く違うので、統一した客観的換算なんて無理無理と主張してるんだよ

正確な価値設定が困難というなら、現実に毎日現場で発生している、為替レートによる多国間の決済も無理? そういうことをちょっと時間を遡ってやってるだけなんですけど

 

仏フランの1901年以降の換算は下の【資料C】サイトが便利。ただし怪しいFXのホームページなので、嫌な人は【資料B】を入手して欲しい。いずれも世界数か国の通貨に対応しています。

 

ドイツ、イタリアも同じ方法で価値換算が可能です。

【資料B】に基づき、以前「ミステリの祭典」で換算した数字を訂正しておきましょう。

 

まずフランス・フラン

「ミステリの祭典」ミステリの採点&書評サイト

20223月の感想より>

作中現在を1816年と仮定すると金基準1816/1901(1.035)と仏国消費者物価指数基準1901/2022(2746)2842倍、1フラン=€4.34=572円。

【資料B】にはフランスCPI1840年まで遡り可能です(当時は【資料C】サイトの限界1901年に阻まれていたのです)

 

金基準1816/1840(1.02)と仏国CPI基準1840/2022(計算は1840-1914(1.32)×1914-1948(97.88)×1948-1965(2.63)×1965-1993(6.17)×1993-2022(1.61)で合算3375)、両者合わせて3443倍ですが、間に1/100のデノミあり、1FRA(1816)=34.43FRF=5.25€=733(2022)

当時1ユーロは139.54円でした。前の計算では金基準を長期間使ってるので(インチキです)若干安めですね

 

次はドイツ・マルク

[https://mystery-reviews.com/content/book_select?id=16240:title]

20229月の感想より>

作中現在は1930年。現在価値は金基準1930/1970(1.52)、西独生計費指数1970/1992(2.27)、独消費者物価指数1992/2022(1.78)で合算して6.14倍、1マルク=3.14€ =430円。なお生計費指数は【資料B】によるもの。

でも今【資料B】をよく見たらちゃんと西独CPIが掲載されていました。一番古いデータは1820年です。何してたんですかね。多分、1944年と1945年の関係が途切れてたから採用しなかった? でもそこはオーストリアのデータがあるのでそれで補正しておきましょう。

1930年の価値換算は、独(西独)CPI基準1930/2022(計算は1930-1944(0.96)×1944-1945(1.06)×1945-1965(1.88)×1965-1993(2.35)×1993-2022(1.66)で合算7.42)なので1マルク(1930)=7.42DEM=3.79€=529(2022)

これも前の計算は金基準を使ってるので若干安めです

 

最後にイタリア・リラ

[https://mystery-reviews.com/content/book_select?id=15901:title]

20224月の感想より>

作中現在は1898年、現在価値は、伊国金基準1898/1901(0.969)&伊国消費者物価指数基準1901/2022(9170)1リラ=€4.59=605円で換算。

【資料B】のイタリアCPI1861年が最初です。

伊国CPI基準1898/2022(計算は1898-1914(1.02)×1914-1948(215.18)×1948-1965(1.81)×1965-1993(12.10)×1993-2022(1.90)で合算9133)1ITL(1898)=9133ITL(2022)=4.72€=659(2022)

あれ? 前回の計算ではリラとユーロの交換レート間違えてるかも… 今回はあんまり違いがなかったですね

 

さて資料篇です。

【資料AWebサイト 

Historical Currency Converter (test version 1.0)

いろんな各国の通貨を対象年を指定して金・銀ベースで他の通貨に換算するとき便利。基本、為替レートとほぼ同じはず。二つの年を指定できるので、同じ通貨でも違う年でどう変わるかも確認できます。

https://www.historicalstatistics.org/Currencyconverter.html


テストヴァージョン1.0ですが、20161月を最後に全然更新されてませんでも便利です。金貨などの金含有量を基準として使えば、かなり昔まで遡れます。ただし1971年以降は、前述の通り、金銀相場は投機的になっており、物価のインデックスとしてつかえない、というのが私の考えです。(なおこのサイトの信頼性について、私は検証していません…)

 

【資料B】書籍

International Historical Statistics: Europe 1750-1993 (Fourth ed. 1998)

International Historical Statistics: Africa, Asia & Oceania 1750-1993 (Third ed. 1998)

International Historical Statistics: Americas 1750-1993 (Fourth ed. 1998)

『マクミラン新編世界歴史統計1: ヨーロッパ歴史統計1750-1993』などとして翻訳もされてます。

私は『アメリカ歴史統計: 植民地時代〜1970』(全二巻+別巻1971-1985)も持っています。

 

【資料CWebサイト

各国の消費者物価指数(CPI)による二時点の価値換算は、ちょっと怪しいWebサイト“Inflation calculator and change of price between 2 dates Italy, United States, US dollar, EUR, Istituto Nazionale di Statistica, Italian CPI, USD”
このサイトの信頼性についても、検証していませんが、面倒くさい時は、こちらを使って「ミステリの祭典」で発表しています。1901年以降の計算スタートで、1920年代、1930年代のデータがない国も結構あるようです。

 

以下は第一回目の記事で触れたものの再掲。

 

【資料JWebサイト

「明治・大正・昭和・平成・令和 値段史」

https://coin-walk.site/J077.htm

 

【資料GWebサイト

英国インフレーション

https://www.in2013dollars.com/uk/inflation/1900?amount=1

 

【資料UWebサイト

米国インフレーショ

https://www.in2013dollars.com/us/inflation/1900?amount=1

お金って大事【資料】ロシア篇(改訂版)

シミルボン投稿日 2022.08.20(はてブ2023-8-26:内容を増補改訂して23回分に分割)

 

前回は資料が揃ってる日・英・米各国の価値換算を見てみました。

今回は帝政ロシアソビエト連邦(現代)ロシアを取り上げます。

(なお私が神西訳で先日疑問に思った点(↓をご覧くださいね)は、この新訳でほぼ解消しました。でも神西訳の味わいのある日本語は捨てがたいなあ…)

プーシキンスペードの女王/ベールキン物語』(1830年代)50コペイカがいくらになるのか、ロシアの消費者物価指数(CPI)の連続したデータが見当たらず、前回は価値換算を諦めたのですが、いろいろ調査して、以下により推計することにしました。

 

[以下も20228月に計算した数値をそのまま記載しています]
まず金や銀について、1971年のニクソン・ショック以前は、ポンドやドルが基軸通貨となり、金や銀の裏付けとなっていたことで一定の安定性があった、と評価して、単純に金基準(又は銀基準)を、乱暴な話ですが全世界共通物価を反映しているものとして換算します。ベルリンの壁崩壊以降のロシア経済統計は1992年以降は整備されており、CPIも公開されています(1992/2022で38934倍)。つまり1971年から1992年までの物価の統計があれば、何とか連続した数値として推計可能なのです。そこでWeb検索すると、1970-1990までのソ連の賃金月額の上昇率と1987-1992ソ連の賃金月額の統計が見つかりました。賃金上昇率はCPIの上昇率とほぼ同様、とこれまた乱暴に仮定して、1970年から1992年までの消費者物価指数の変化を、全く独断的な数字の操作ですが私的に推計しました(数値で示すと2.24倍)。結果、1ルーブル(1970)は、2022年には87212倍になり、87ルーブル(途中に1/1000デノミあり)であると推計しました。(仮定に仮定を重ねすぎているので、かなりアバウトですが…)
1830
年代の1ルーブルは銀換算で18g、金換算で1.2gです。1970年の銀18g5.89ルーブル、金1.2g8.07ルーブルです。それぞれ87.212倍して、現在の為替レート(ルーブル/)で計算すると、銀CPI(推計)基準で1193円、金CPI(推計)基準で1634円です。なのでこの間の額という事にしておきましょう。当時のロシアは銀本位らしいので、銀ベースのほうが近いのかなあ。


なお、当時のロシアの貨幣に関してはWebサイト「総合案内 ロシアの通貨」(齋田 章2010)の「ロシア革命の貨幣史」が非常に詳しく恐ろしく充実しており、とても参考にさせていただきました。(なお当該サイト内で「ドストエフスキーの世界」として、1880年ごろの1ルーブルを平成年間の約22002700円とされておられます。こちらは日本の消費者物価指数ベースで計算したもの。つまり1880年の1ルーブルは日本円でいくらに相当するのかを確認して、あとは日本のCPIにより現在価値を計算したわけです。これってちょっと考え方が違うのでは?というのは次回で説明しましょう) [2023-8-26:残念ながら当該サイトは閉鎖されていました]

ロシアの通貨(ロシア貨幣流通史雑記録)

 

次回はフランス、ドイツなどについての予定

 

お金は大事だよ〜【資料】日本・英国・米国篇(改訂版)

シミルボン投稿日 2022.08.20(はてブ2023-8-25:内容を増補改訂して23回分に分割)

 ※ 1797年のTwopence貨幣 直径41mm

 

昔の小説を読んでいて、外国通貨が出て来ると、これって、今の何円相当なんだろうか、と思ったこと、ありませんか?

ウンザリするほど訳注たっぷりの翻訳小説でも大抵は教えてくれないのです。引用句の元ネタ(この手の訳注はかなり多い)とかどうでも良い、お金の話題は(特に探偵小説では)ストーリー的にもかなり重要なんだから教えてよ!とずっと思っていました。

例えば、今まで全く知らなかった叔父が死んで1000ポンドの遺産を相続した!という時の感覚を理解するために、ぜひ円換算して欲しいですよね。金額レベルによっては人を殺しても良い気持ちになるでしょうから
まあでもWebにあった論文「バルザック時代の一フラン」(佐野 栄一)をみても、いろいろ考慮しなければならない要素があって、簡単にいかないことは理解できるし、大体、翻訳時点で換算しても数年経ったらすぐ古びてしまう情報だから、お金の価値換算には手を出さぬが吉、なのでしょう。
まあでも、私はWebサイト「ミステリの祭典」や、このブログでも大胆に価値換算してきました。特に方法を説明して来なかったのですが、今回はその考え方と方法について、少し詳しくお知らせしましょう。この方法はWebに公開されているデータで価値換算出来るので、気が向いたらお試しください。


まずは数十年前の日本。

福本 伸行『アカギ』では「昭和40(1965)6億は現在(連載時2017)の約60億」とか繰り返し出てきますよね。さて、これホント?

 

私は根が単純なので、消費者物価指数を使えばざっくりとした価値換算が出来ると思っています。

消費者物価指数(以下CPI)とは… まあググってください。

 

もちろん過去と現在の価値換算を本気で行うためには、物価だけではなく、社会制度(収入から差し引かれる税金や社会保障料とかの国民負担率など)も考慮に入れる必要がありますが、私はまずCPIベースでいくらになるのか?を押さえてから、その当時の税や社会保障などの制度の分析を行えば良いのでは?と考えます。まずは大雑把な基準点を設定する、という方法論です。CPIは政府が国際統計として公開している数値なので、使い勝手が良いデータです。特に英国や米国はかなり古くまで遡れますし


私が使っているWeb資料は「明治・大正・昭和・平成・令和 値段史」(非常に充実したサイト。いろいろ興味深い資料あり)

この中に「24.物価指数」として各種CPIをまとめた便利な表があります。(サイトの左インデックスから飛んでくださいね)

いろいろなCPIが示されていますが、詳細は私に聞かないでください(私は適当にやっています)

表は五年刻みのデータなので大雑把な比較となりますが、でも1870(明治3)まで遡れます。素晴らしいですね。なお、一年刻みのデータは何処かに転がってるはずですが、私は日本の小説をあんまり読まないので調べていません

 

今回は1965年と2015年の比較です。

計算してみましょう。1965年の都市部CPI4432015年は1804、なので倍率は4.07倍。同じ資料に「6.給料・労賃(1)」「7.給料・労賃(2)」があるのでこちらを覗くと、この間で約10倍。高度成長で給与水準が実質2.5倍に伸びた時代だったんですね。実に羨ましい。

日本の価値換算でよくあるのは米価ベースや蕎麦ベースなので、参考までにこのサイトで見ると

白米10kg:(1965)1360→(2015)3946

うどん(外食):(1965)50→(2015)630円※なぜか「そば」のデータが昭和35年までこの表の編者は関西人か?

この単品ベースの比較だと何を選ぶか、で随分数値が変わりますね。

 

福本先生は給与ベースで価値換算してるのでしょう。「10倍!」の方がインパクトがありますし

でも社会のモノの値段の平均値の推移はCPIが示しているのですから、1965年と2015年の比較ならば4倍が正確だと思うのです。

つまり、我々が知りたいのは何?という事です。1965年に10000円があるよ、という状況なら、その10000円でどのくらいのモノが買えるの?ということでしょう。

これが1965年に10000円の給料だった、という状況ならば、今の給与レベルと比較してどのくらいの水準なのか、その金額は手取りなのか、などをいろいろな職種の給与を調べて考察するべきでしょう。

なお、税や社会保障料などの平均負担割合を示す国民負担率は1970(ここまでしかデータが無いらしい)24.3%2015年で42.3%です。これで補正すると1970年の給与1000円は実質757円で、2015年の給与10000円は5770円です。となると受け取った給与額は10倍になっても、そのうち使える額で比較すると約7.6倍に目減りしているわけです。物価はその間4倍に上がっているので、給与水準はこの十年間で約1.9倍に上がった(1.9倍のモノが買える)ということですね。(でも国民負担率には個人や企業の法人税&消費税も含まれるので、この単純計算だと消費税が二重計上されちゃっています…)

 

まあでも基本的にCPIベースで換算すれば、その時代の価値を、現在の価値に置き換えて大雑把に比較できそう、という事でよろしいでしょうか?

 

日本の場合は明治以前に遡ると、肝心のCPI統計が存在しないので使えませんし、社会構造自体が大幅に変化したので、価値換算の良い方法をまだ思いついていません。私は江戸時代の小説もほとんど読みませんしねでも銀が重量を基準に貨幣として通用していたので、これと米価のデータでなんとかなるのでは?という気もします。

 

続きまして、英国の場合。

A・A・ミルン『赤い館の秘密』(1922) より。[ ]内は私が補ったもの。

21歳になったとき[1903]、彼は母親の遺産として年に400ポンドの収入を手にすることになった(第二章)

この収入をあてにして「世界(実際はロンドンの各地)を見物」というのですが、すごい大金なのか、生活するのに程々の金額なのか、これだけでは実感が湧きません。CPIによるポンド換算には非常に便利なサイトがあります。(1750年まで遡れます)

[なお以下は20228月当時のもの。当時と比較すると今は円安で、円換算は下の数字を約1.13倍する必要がありますだから翻訳書では安易に円換算しないんでしょうね]

 

1903年の£12022年の£136.61に相当する、との結果が出ます。あとは、これを最近の為替レート(ポンド/)で計算するだけ。結果、£1(1903)=現在の22129円なので、400ポンドは約880万円です。かなり余裕ある生活が可能ですね。(当時は税金も社会保障料もかなり低かったはず。未調査)
本書の作中現在はそれから十年後(1913)で、£1(1913)=20978円ですが、作中には「(メイドの彼氏が)貯金を15ポンド(23万円)もしている」堅実な人間という感じとか、「週給2ポンド(月給18万円)」のグラマースクールを出た“a London office”の事務員とかが出てきます。円換算することで、結構生き生きとしたイメージが湧くのでないでしょうか。

例によって探偵小説的な感想はこちらで。

「ミステリの祭典」赤い館の秘密


次は米国の例。

[なお以下は20228月当時のもの。今は円安で、円換算は下の数字を約1.07倍する必要があります]

チャンドラー『大いなる眠り』(1939)でデビューした私立探偵フィリップ・マーロウを雇うには「一日25ドルと雑費(twenty-five a day and expenses)」が必要。これは現在なら幾ら?
米ドルのCPIベースの換算も上記サイトの別ページにあります。(なんとこちらは1635年まで遡れます。植民地時代もカヴァーしてるんですね…)  

作中現在がよくわからないので、出版年の前年1938年としておきましょう。$1(1938)=2022年の$21.01です。現在の為替レートで2877円。$25(1938)71925円、かなりお高いですね!
私が知ってる他の探偵では、クール&ラム探偵事務所(1944)の料金が120ドルプラス必要経費、CPI基準1944/202246100円。ペリー・メイスンのドレイク探偵事務所(1963)150ドル&必要経費、CPI基準1963/202266300円。マーロウが一番高い。

指標があると時代を超えて比較が出来るのも面白いですね。(今、検索したら、日本のある実在の探偵事務所では探偵ひとりの時給を9000円としていた。8時間労働とするとマーロウとほぼ同額…)

例によって探偵小説的な感想はこちらで。

「ミステリの祭典」大いなる眠り

 

次回はCPIデータが整備されてない国(ロシア、ドイツ、イタリア)について書きます…