十六 × 二十

本について。時々他のネタも。心臓が悪いのでコメント不可です…

列の中のジョセフィン・テイとEQ

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ジョセフィン・テイ初のミステリ小説『列の中の男』(The Man in the Queue 1929)は、最初Gordon Daviot名義でMethuen社の探偵小説コンテストに応募したもの。

『列の中の男』(論創社)の「解説」では「このコンテストに優勝した」と書かれているのだが、そこら辺を確認してみました。英国新聞のアーカイブ(British Newsppaper Archive)とNew York Times Archiveを検索しましたよ。

まず1927年5月26日 The Scotsmanの広告欄から。

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審査員はH・C・ベイリー、ロナルド・A・ノックス、A・A・ミルンの三人という豪華メンバー。応募条件は「その作家の探偵小説ジャンルでは最初で未発表の作品」で、締切は1928年5月19日ですね。第一席£250、第二席£150です。英国消費者物価指数基準1927/2025(80.28倍)で£1=15348円。それぞれ384万円と230万円です。

伝記("Josephine Tey: A Life" by Jennifer Morag Henderson 2015)によると、テイさんは賞金がなかったら探偵小説には応募していなかった、とのこと。

米国でも、同時期に類似のコンテストがあって、有名なNew McClure's Magazine主催、賞金$7500のMystery Novel Contestです。ブログPretty Sinister Booksの記事 "The Enigma of the New McClure's Mystery Contest"が詳しいのですが、当初はEQ『ローマ帽子の謎』が選ばれていたのに新マクルーア誌が潰れたため、Smart Set誌がコンテストを引き継ぎ、雑誌のメイン読者である女性層への受けを狙って、マイヤーズ『殺人者はまだ来ない』が賞金と連載を得た、ということです。賞金の内訳は連載権$5000、書籍出版権$2500、雑誌の連載が重視されてたのですね。米国消費者物価指数基準1929/2025(18.70倍)で$1=2689円。$7500=2017万円!EQ両氏は悔しかっただろうなあ。

なおマイヤーズ『殺人者はまだ来ない』は国会図書館デジタルコレクションで読めますので、バカ高い古書を探さなくても大丈夫ですよ!

 

New York Timesアーカイブでこのコンテストの記事を探したら1928年8月12日に載っていました。

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トークス社と新マクルーア誌が賞金$7500の探偵小説長篇(mystery detective novel)コンテストを実施する。1929年1月が締切で、国籍を問わず全ての作家が応募可能。優勝した作品は新マクルーア誌で1929年春から連載され、ストークス社から秋に出版される。原稿は両社編集部が審査。詳しいことはCurtis Brown社に問い合わせを。(拙訳)

ずいぶん締切がきついなあ。そして英国Methuenのコンテストの方が先だったんですね。でもこの条件なら、既存のミステリ作家でも参加出来るように読めるから、応募した作家が結構いるのでは? そこら辺の調査はまた後ほど…

 

さて英国メシュエン社のコンテストに戻りましょう。

1928年7月6日Booksellerの記事。

メシュエン社はコンテスト結果の発表を6月末に予定していたのですが、応募数がかなり多かったので、二三週間後の結果発表を予定しています、とのこと。

 

結果発表の記事は拾えなかったのですが、1929年2月8日Booksellerにメシュエン社の広告が載っていました。

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第一席(£250)はTHE INCONSISTENT VILLAINS by N. A. Temple Ellis

第二席(£150)は THE MURDER IN THE LABORATORY by T. L. Davidson

受賞作はThe Man in the Queue by Gordon Daviot(ジョセフィン・テイ)ではありません!

その後、受賞した作品のカバー裏を確認すると、たくさんの応募があったのでメシュエン社は新しい叢書 Methuen Clue Storiesを立ち上げ、応募作の中から有望作を出版していったようです。

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ここにやっとThe Man in the Queue by Gordon Daviotが登場しますが、五番目。この順番が評価順かもしれませんが、少なくとも第三席相当だと推察されます。

ところで第一席と第二席の販売価格は7シリング6ペンスなのですが、それ以外は3シリング6ペンスの廉価版です。判型を確かめてみると、日本の文庫本サイズのミニ・ハードカヴァーでした。これだと単価が安い分、著作収入も減っちゃいますね…

『列の中の男』がテイさん名義で再発売されたのは、テイさんの死後1953年のこと。それまでは無かったことにされていた感じで、それが不思議だったんですけど、出版社の不当な扱いがテイさんには気に入らなかったのかも。

 

ところで米国ダットン社がTHE INCONSISTENT VILLAINを出版した時の初版カバーはこちら。

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Dutton-Methuenの探偵小説コンテスト、とされており、賞金は$2500になっています。当時のドル/ポンドレートは4.86だから、£250なら$1215にしかならない。残りはダットン社が米国の出版権として出費したのかなあ… <注>

New York TimesアーカイブにはDuttonが関係した探偵小説コンテストの記事は全然ありません。ググってもヒットしない。このコンテスト、単にMethuenに乗っかっただけのような気がする。

実はDaviot名義の『列の中の男』はDutton Mystery Prizeを受賞した、という情報がネットにあり、でもこの賞についてググっても全然出てこない。なのでメシュエン社のコンテストの佳作を「ダットン・ミステリ賞」という名で箔をつけただけのような気がします。

 

<注>

ハメット『マルタの鷹』(1930出版)を読んだ時、1ポンド=10ドルの換算が出てきて、不思議だったのだが、もしかして経済上のレートは4.86(このレートは当時の新聞でも確認済み。1920年代後半はこのレートで変わらず)でも、市中の商品取引では手数料とか込み込みで10倍が相場だったのかも、と思ってしまった。