戦前Daily Express紙のアガサ作品連載三作(その3)
British Newspaper Archivesで見つけた、アガサさんの戦前(英国がドイツに宣戦布告する前、第二次世界大戦)の長篇新聞連載三作(いずれもDaily Express)の挿絵をご紹介。
最後はお馴染み『そして誰もいなくなった(Ten Little Niggers)』 (出版: 英国コリンズ1939-11-06; 米国ドッド・ミード1940-01 "And Then There Were None")
世界初出は米国週刊誌Saturday Evening Post 1939-05-20 から 07-01まで、挿絵Henry Raleigh。連載タイトルは"ーAnd There Were None"。元原稿でNigger Islandだった島の名前もIndian Islandに訂正。私はずっと「インディアン島」が正式名称だと思っていた!


雑誌連載ではタイトルの頭に「ー(ロングハイフン)」が付いていることに注目。
英国初出Daily Express 1939-06-06 から 07-01まで(23回)、挿絵"Prescott"。
Daily Expressの事前予告は力が入っており、連載五日前から毎日予告記事が掲載されている。
まず1939-06-01第一面に"'Ten Little Nigers' cost us more"というタイトルで以下のように熱い予告が載っている。

連載小説は新聞部数に貢献するか?答えはイエスだ。従来の最高の成功例は『西部戦線異常なし』(1929年サンデー・エクスプレス)で、次がクローニン『城砦』(1937年デイリー・エクスプレス)だ。今回デイリー・エクスプレスが連載する作品はこれらに匹敵するはず。… 我が社は近年アガサ・クリスティ作品を数作掲載してきたが、今回の契約額は今までのものを上回る。何故なら
1 作家がher best thrillerだと思っている
2 文芸代理人も同じ考えである
3 デイリー・エクスプレスもまた同じ考えである
Ten Little Niggersは沢山の新しい読者を我が社にもたらすはずだ。
1939-06-02では第11面に“Why Ten Little Niggers”と題して、歌詞全文の紹介と「米国人はmystery-thrillerをWhodunitと言うんだよ」と書いている。なおこの歌詞についてan adaptation of the old nursery rhyme、としているので、アガサさんヴァージョンなんだろうか?あるWebページではFrank J. Green 1869の歌詞が同一(そこではniggerではなくindianだが)。なお米国で有名なヴァージョンは英Wiki “Ten Little Indian”参照。
1939-06-03では第10面にJohn Redfernの署名入りで著者アガサ・クリスティとの面談記事 ”She doesn’t look like a murderess — Agatha Christie Has Done in Hundreds!”(女殺人鬼には全く見えない --だがアガサ・クリスティは何百人も殺している!)
アガサ・クリスティと面会したら、彼女がガンマン並みに多くの人々をバラしているとは思わないだろう。
そしてデイリー・エクスプレスの新連載で、彼女は犠牲者率を引き上げる。火曜日から始まるTen Little Niggersは、今までの作品よりもっと多くの死体が転がるのだ。
昨日、彼女はウォリングフォードの川沿いの屋敷で、陽光の中、芝生に座っていた。とても犯罪や殺人やらに興味があるとは見えない女性だった。
ミセス・マロワン(Mallowan最初のシラブルにアクセント、これは二度目の結婚で得た苗字)のTen Little Niggersは約70000語の作品で、彼女のWhodunitとしては普通の長さである。
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語数が多いと思うかもしれないが、アガサ・クリスティはWhodunitを既に250万語も書いて(打ち出して)いる。
彼女はちょっとふくよかで、庭の椅子が窮屈に見える。
髪は灰色になりつつあるが、魅力的に輝いている。賢そうで優しげな目つき。
笑顔を絶やさずよく笑い「陽気な女性」と形容される感じ。
太陽のもとでは仕事をしない。ポータブル・タイプライター(両手指三本ずつを使って打つのがちょっと自慢。プロじゃない打ち手は大抵二本指派だから)は室内専用だ。
室内が仕事場よ、とアガサ・クリスティは言う。花や木々が目に入ると怠けたくなる。タイプは大抵雨の日に。面会当日のような晴天だと「天気を無駄にしたくないの」と彼女は言う。
浮き彫り装飾がお好きみたいですね、と私が言うと、ロンドン、ウォリングフォードやダートマスの家の内装を工夫することにスリルを感じる、と認めた。
客がウォリングフォードの明るいライラック色のラウンジにかかっているエプスタインの水彩画を誉めそやすと、彼女は嬉しそうだ。
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だが彼女が同様に喜びを感じるのは、毎年、シリアやイラクに考古学者の夫マロワンと共に行くときである。
「大抵春に、彼は出かけていって大英博物館のために掘る。もし夫と話すときには、正しく使うように注意すること。科学者ってそうよね。専門用語には敏感」
かの地では泥のあずまやに住み、地元の大工と五人の息子が作った家具を使う。
「春の気候が素敵で、沢山の夏物が着られる」
かの地ではアガサ・クリスティは英国が舞台の作品を本国に居るように、なんの苦も無く書ける。
「本当は、邪魔するものがほとんどないので、発掘のときの方が書きやすい、と思う」
整理整頓は苦手。「大雑把な年収も全然知らない」型通りの生活は拒否している。毎日10時のタイムカードなんて御免だ。
だが早朝と晩餐後の仕事を好む。そして新作は10日間程度で仕上げるのが好きだ。中断が長いと話にカビが生えてしまう、と言う。
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Ten Little Niggersには六週間かかった。
「アイディアが頭の中で数か月転がっていて『いつかモノになったら面白そう』と感じる。そしてある日、急に動き出す」
アガサ・クリスティはTen Little Niggersの童謡(昨日のデイリー・エクスプレスに掲載)を全部思い出せなかったが、数か月ずっとこの童謡のアイディアはスリラーのテーマとして心の中にあった。
彼女は率直に、これが自分の書いたベストの一つだ、と言う。それなら、彼女自身もこの連載をデイリー・エクスプレスで読む公算が高い。自作を完成後に読むことがたまにあるが、「出来の良い作品だけ。ごく稀だが二、三回読み返した作品もある」
アガサ・クリスティは米国から連載権として約£3000を受け取った。たった一年で三作品の連載権を売っている。少し笑いながら私に言った。「自分の稼ぎを全然知らないの。お金が大きくまとまって入って来るけど、何の連絡もないので、なんだろう?と思ったりする」
好きなこと?彼女は料理が好きである。だが贅沢すぎるコックで、バターやクリームをふんだんに使ってしまう。
好きなだけ料理するわけではない。料理すると食べすぎてしまう、と自粛している。
ワグナー、ジャズ、現代詩が好き。
他に好きなもの。夫の自作に対する評決。
彼は全部読んでいるのか尋ねてみた。彼女は笑って「そういう運命ですから」
筆者のJohn Redfernって誰?と思ったら、Daily Express staff reporter の肩書きで1938年頃から1940年代に署名記事を書いている。“ITALY : THE CAPTURE OF CASSINO”という写真がIWM(Imperial War Museum)にあり、最左の人がJohn Redfern (Daily Express)だそうだ。没年は調べつかず、記事公表後81年以上が経過してるので全訳しちゃいました。
アガサさんの1939年(当時49歳)の色々がわかる良い記事。今まで発掘されていないのでは?
私が一番興味深かったのは米国雑誌の連載権の値段。原稿料ってなかなか明らかにされないからね。英国消費者物価指数基準1939/2025(83.53倍)で計算すると約4900万円。さすがサタデー・イヴニング・ポストは高額だ。一年で三本売った、というのは『殺人は容易だ』『そして誰も』そして次の作品『杉の棺』(Collier's1939-11〜1940-01連載)の事だろう。米国からの莫大な収入はのちに英国歳入庁から目をつけられて長いこと差し止めになるのだが…
1939-06-04(日曜)は休刊、1939-06-05(連載前日)には第10面に“Who wrote the first Whodunit?”という記事。
探偵小説は出版社の収益の10%を安定して稼いでいる。平均して500作の新作Whodunitが毎年出版され、再版は他の小説ジャンルより多い。この産業の祖先は聖書外伝のBel and Dragonだ、という学者の説があるが、近代探偵小説の始まりはポオの『モルグ街』である。その後は、コリンズ『月長石』、ホームズ『緋色の研究』、セクストン・ブレイク、チェスタトンのブラウン神父が特筆すべき作品で、戦時中にはスパイに興味が移ったが、戦後はまた犯罪派が復活している。女性探偵の小説にはあまり良いものがないが、探偵小説の素晴らしい女性作家は二人いる。ドロシー・セイヤーズ(デイリー・エクスプレスは『ナイン・テイラーズ』をかつて連載した)とアガサ・クリスティである。従前の作品を凌ぐ素晴らしい作品Ten Little Niggersの連載は明日から。
いずれ『ナイン・テイラーズ』の挿絵もここでやりますよ!
さて『そして誰も』のデイリー・エクスプレスの挿絵は22枚(連載中1回だけ挿絵なし)、いつものように後半はネタバレとなる絵があるので、最初の10回分だけ。

物語の舞台のNigger Island(黒人の横顔に見えるのでこの名前、という設定)のモデルとなったのはDevonのBurgh Island、このイラストはそのまんまである。

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約3か月後の1939-09-01、ヒトラーはポーランドに侵攻し、ヨーロッパのつかの間の平和は終わった…
<オマケ>
サタデー・イブニング・ポスト誌に載ったラレーの美麗イラストを7点!(連載1〜4回から) 今回、掲載しなかった2枚は↓に添付済み。






