シミルボン投稿日 2022.08.20(はてブ2023-8-27:内容を増補改訂して3回分割したもの)
前回、前々回の記事はこちら
さて前回、こういうやり方は変だよ、次回説明しますね… と書きました。
簡単にまとめるとこんな感じ。
- あるサイトで1880年のルーブル(帝政ロシア)を現在の日本円に換算している。
- まず1880年のルーブルが当時(明治13年)の日本円でいくらになるのか、を計算。これは金基準で換算すれば簡単にわかる。この記事の最後に便利なサイト【資料A】へのリンクがある。答は1RUR(1880)= 0.53YEN(明治13年)
- そして、明治13年の0.53円が、現在(2020年にしておきましょう)の何円なのか?を日本の消費者物価指数(以下CPI)により換算。(これは第一回で紹介したサイト【資料J 】(下に再掲)を使えば楽々です) 答は0.53YEN(明治13年)= 2506円(2020)に相当。
- つまり1880年の1ルーブルは現在の2506円である。
この計算方法、変だと思いませんか。
例えば40年前(ここでは1980年としましょう、ソビエト時代です)の1ルーブルって今の何ルーブルに相当するの?と問われたら、1980年から2020年までのソビエト〜ロシア物価の推移を使いますよね。(前回述べたように、このような統計は存在しませんが… なお私のロシアCPI 推計では48.1倍)
ここに日本のCPI推移を使ったら意味ないじゃないですか。ロシア世界と何の関わりもない推計になってしまいます。
まあ意味を無理矢理つけるとしたら、
40年前(1980)、僕は1ルーブル紙幣を日本円に両替して57円だったけど、この57円って今(2020)の日本円に換算して131円。じゃあ131円を今のルーブルに両替したらいくらになるのかなあ?
※二国間の歴史的為替レートは下の【資料A】サイトで簡単に計算できます。ただし【資料A】サイトは2015年が有効下限なので、2020年のルーブル/円の交換レートをWebで調べると1RUB=1.49YEN、なので答は87ルーブル。
つまりロシアCPI を使った換算だと、
1RUR(1980)=48.1RUB(2020)=72YEN
日本CPIを使うと、
1RUR(1980)=87RUB(2020)=131YEN
です。
ずいぶん違いが出てきます。
最初に戻って我々が知りたいのは1880年の1ルーブルが、現在のロシアで何ルーブル相当なのか、ということで、それがわかった上で、日本円に換算してみたら何円になるのか、という事でしょう?
でも1880年当時の1ルーブルは0.53円だったんだから、その0.53円が現代日本でいくらになるか、という問いの方が我々日本人には価値を実感出来るのでは?という反論に対しては、じゃあロシアの物価を全部無視で良いのか?と逆にお聞きしたいです。ロシアの物価にはロシアの歴史が詰まっているのですから。
何故か、というと、モノの価値は各種生活環境で違うわけで、極端に言ったら同じ国でも、東京と札幌だって違う。東京なら珍しいモノ(例えば欧米直輸入モノの骨董品)が案外安価で手に入ったり、食事も美味しくて安い定食屋が結構ある。札幌なら食料品の素材は良いモノが安く手に入るが、美味しいトンカツ屋はそこそこ高い、ラーメン屋もバカ高いし、など… (個人の主観です) 日本ではやたら家賃が高いが、欧米では結構安い(これは乱暴な一般化)。そういうのは歴史的なものか、と思ったら、日本でも江戸時代は結構安かった。あと、大阪や京都は札幌と比較すると敷金などがバカ高い。これも地域性ですよね。
だから過去のある時点のモノの値段、というのは、その国・地域においての、という生活文化圏的な要素と密接に結びついているのです。モノの価値の高低は相対的なものですが、地域の伝統や必要性によってモノは他のモノより高くなったり、低くなったりします。だから、その地域の物価の歴史を考慮しなければ、価値換算なんて出来ません。
そして、その国の歴史的観点から見た一般的なモノの平均的な価格のデータなら、CPIが使える指標として出回っているよ、だからCPIを使えばいいじゃない、というのが私の考えです。
単一ブツ(例えば喫茶店のコーヒー)の値段の推移だけの研究ならば、各国・各地域において時系列的に追えるでしょうけど、それが一般的なモノの値段の推移と比べてどう違うか(戦前は安かったが戦後急に高くなった、とか)は、そもそもその地域の消費者物価のデータがないと高低の比較なんてできません。
ルーブル換算で前回示した方法は、かなり乱暴な推計になっていて、1970年まで金基準に頼っており、本当はCPIデータがもちょっと前まであれば良いなあ、と思っています。
なのでソ連〜ロシアに関してはまだまだ要調査と考えています(公式統計の嘘数値もありそう)。
では各国別、価値換算の具体例、という事で、次はフランスを取り上げてみましょう。
フランスは1840年からCPI数値があるので(ただしWebでは古い数値が見当たらず、私は下の【資料B】を参照しています)問題なし!と思ったら、変なイチャモンが。
このシリーズの冒頭で題名だけ示していた論文「バルザック時代の一フラン」(佐野 栄一)です。
https://www2.rku.ac.jp/sano/Etudes/La%20valeur%20de%20franc.pdf
簡単にざっくりまとめると
最近のある論文でバルザック時代(1840)の1フランをCPIに基づく計算で、1999年の500円くらいだよ、と書いてるが、昔から1000円くらいだと偉い先生方に教わってきたし、いろいろ考慮するとやっぱり1フラン=1000円くらいが適当じゃないか? 実感的に500円だと生活できないような給与レベルだし、日銀も「江戸中期の一両は今のいくらか?」という問いに対して、米価基準でいくら、蕎麦基準でいくら、大工の工賃基準でいくらだよ、と回答している。そもそも社会構造が違うし、ただの尺度なので、人それぞれの塩梅で良いんだよ…
出ました。文系脳の謎理論。
こういうアホ理論は歴史家も採用していて、私も著書やTVの教養番組などで感心することの多い磯田 道史さんですら『江戸の家計簿 (宝島社新書) 』で全く同じ一両に対して63000円(「現代価格」以下換算K)と30万円(「現代感覚」以下換算N)の二種類の換算を使用する、という愚挙をして全く平気です。
同心の年収は300万円(換算N)、蕎麦は約250円(換算K)といった具合。換算Kなら同心の年収が63万円になっちゃって「実感と比べて」安くなりすぎるから、という理由らしいが、換算基準を統一すれば、同心は年収63万円で250円の蕎麦を食べるのだ、あるいは年収300万円で1200円の蕎麦を食べることになる、いずれもやや高めの食事じゃないか、そういうことは換算レートを統一しないと理解出来ない。要は、昔は給与水準が物価に比べて低かった、ということだろう。
佐野先生、昔のフランスは物価が安かった、ということなんですよ…
今、我々がフィリピンとかに旅行したら実感するのとおんなじです。価値換算とはそういうものなんですよ、と言ってあげたい。
論文の分析は結構いろいろ目配りが効いていて、資料の選択も適正。ただ最後で「おいらの実感と違う!」とぶん投げて、「適正な」価値設定なんてモノにより全く違うので、統一した客観的換算なんて無理無理と主張してるんだよ…
正確な価値設定が困難というなら、現実に毎日現場で発生している、為替レートによる多国間の決済も無理? そういうことをちょっと時間を遡ってやってるだけなんですけど…
仏フランの1901年以降の換算は下の【資料C】サイトが便利。ただし怪しいFXのホームページなので、嫌な人は【資料B】を入手して欲しい。いずれも世界数か国の通貨に対応しています。
ドイツ、イタリアも同じ方法で価値換算が可能です。
【資料B】に基づき、以前「ミステリの祭典」で換算した数字を訂正しておきましょう。
まずフランス・フラン
<2022年3月の感想より>
作中現在を1816年と仮定すると金基準1816/1901(1.035倍)と仏国消費者物価指数基準1901/2022(2746倍)で2842倍、1フラン=€4.34=572円。
【資料B】にはフランスCPIは1840年まで遡り可能です(当時は【資料C】サイトの限界1901年に阻まれていたのです)。
金基準1816/1840(1.02倍)と仏国CPI基準1840/2022(計算は1840-1914(1.32倍)×1914-1948(97.88倍)×1948-1965(2.63倍)×1965-1993(6.17倍)×1993-2022(1.61倍)で合算3375倍)、両者合わせて3443倍ですが、間に1/100のデノミあり、1FRA(1816)=34.43FRF=5.25€=733円(2022)
当時1ユーロは139.54円でした。前の計算では金基準を長期間使ってるので(インチキです)若干安めですね…
次はドイツ・マルク
[https://mystery-reviews.com/content/book_select?id=16240:title]
<2022年9月の感想より>
作中現在は1930年。現在価値は金基準1930/1970(1.52倍)、西独生計費指数1970/1992(2.27倍)、独消費者物価指数1992/2022(1.78倍)で合算して6.14倍、1マルク=3.14€ =430円。なお生計費指数は【資料B】によるもの。
でも今【資料B】をよく見たらちゃんと西独CPIが掲載されていました。一番古いデータは1820年です。何してたんですかね。多分、1944年と1945年の関係が途切れてたから採用しなかった? でもそこはオーストリアのデータがあるのでそれで補正しておきましょう。
1930年の価値換算は、独(西独)CPI基準1930/2022(計算は1930-1944(0.96倍)×1944-1945(1.06倍)×1945-1965(1.88倍)×1965-1993(2.35倍)×1993-2022(1.66倍)で合算7.42倍)なので1マルク(1930)=7.42DEM=3.79€=529円(2022)
これも前の計算は金基準を使ってるので若干安めです…
最後にイタリア・リラ
[https://mystery-reviews.com/content/book_select?id=15901:title]
<2022年4月の感想より>
作中現在は1898年、現在価値は、伊国金基準1898/1901(0.969倍)&伊国消費者物価指数基準1901/2022(9170倍)で1リラ=€4.59=605円で換算。
【資料B】のイタリアCPIは1861年が最初です。
伊国CPI基準1898/2022(計算は1898-1914(1.02倍)×1914-1948(215.18倍)×1948-1965(1.81倍)×1965-1993(12.10倍)×1993-2022(1.90倍)で合算9133倍)で1ITL(1898)=9133ITL(2022)=4.72€=659円(2022)
あれ? 前回の計算ではリラとユーロの交換レート間違えてるかも… 今回はあんまり違いがなかったですね…
さて資料篇です。
【資料A】Webサイト
Historical Currency Converter (test version 1.0)
いろんな各国の通貨を対象年を指定して金・銀ベースで他の通貨に換算するとき便利。基本、為替レートとほぼ同じはず。二つの年を指定できるので、同じ通貨でも違う年でどう変わるかも確認できます。
https://www.historicalstatistics.org/Currencyconverter.html
テストヴァージョン1.0ですが、2016年1月を最後に全然更新されてません… でも便利です。金貨などの金含有量を基準として使えば、かなり昔まで遡れます。ただし1971年以降は、前述の通り、金銀相場は投機的になっており、物価のインデックスとしてつかえない、というのが私の考えです。(なおこのサイトの信頼性について、私は検証していません…)
【資料B】書籍
International Historical Statistics: Europe 1750-1993 (Fourth ed. 1998)
International Historical Statistics: Africa, Asia & Oceania 1750-1993 (Third ed. 1998)
International Historical Statistics: Americas 1750-1993 (Fourth ed. 1998)
『マクミラン新編世界歴史統計1: ヨーロッパ歴史統計1750-1993』などとして翻訳もされてます。
私は『アメリカ歴史統計: 植民地時代〜1970』(全二巻+別巻1971-1985)も持っています。
【資料C】Webサイト
各国の消費者物価指数(CPI)による二時点の価値換算は、ちょっと怪しいWebサイト“Inflation calculator and change of price between 2 dates Italy, United States, US dollar, EUR, Istituto Nazionale di Statistica, Italian CPI, USD”
このサイトの信頼性についても、検証していませんが、面倒くさい時は、こちらを使って「ミステリの祭典」で発表しています。1901年以降の計算スタートで、1920年代、1930年代のデータがない国も結構あるようです。
以下は第一回目の記事で触れたものの再掲。
【資料J】Webサイト
「明治・大正・昭和・平成・令和 値段史」
https://coin-walk.site/J077.htm
【資料G】Webサイト
英国インフレーション
https://www.in2013dollars.com/uk/inflation/1900?amount=1
【資料U】Webサイト
米国インフレーショ