
ルコック(立ってる)とアプサント親父。Monsieur Lecoq (Boulanger 1884)より。画家Henri Lanos (1859-1929)
大それたことを思い立って一か月ほど。ガボリオ作『ムッシュー・ルコック』(1868)の全訳の企画です。
まず、長い。第一部で9万語ほど、第二部&エピローグで15万語ほど。
探偵小説としての興味は第一部で尽きている。だから江戸川乱歩の少年ものリライトも、第二部はほとんど飛ばしている。Dover社でBleilerが昔の英訳を復刻した時(1975)も、第一部(250頁)はNew York 1908をそのまま再現しているのに、第二部(17頁)は編者が簡単に粗筋をまとめて紹介しているだけ。ルコックが登場するエピローグ(6頁)はさすがにそのまま復刻しているけれど。
今までの邦訳(抄訳)の翻訳率をパラグラフ(改行単位の塊)単位で調べてみると
改造社(1929) 第一部65% 第二部12%
東都書房(1964) 第一部50% 第二部40%
旺文社(1979) 第一部40% 第二部30%
(ただし全体の半分しか統計をとっていないので、若干のズレがある筈)
意外と改造社の翻訳(第一部のみ)は抑えるべきところをちゃんと丁寧に翻訳していて、一番良かった。語句の選択とか第二部の端折り方とか、江戸川乱歩のリライト元は確実に改造社の田中早苗訳がベースである。東都書房も旺文社も、元がフランス語の短縮版なので、場面の選び方が大同小異でポイントがズレてる感じがして、不満が残る出来である。フランスで二つの短縮版が出ている、という事は、長いなあ、という印象が本国でもあったのだろう。
小説の感想サイトで、意外なことに第二部の方が面白い、という意見があり、改めて本作をじっくり読んでみると、削除された部分にガボリオの細やかな工夫が見えることが多かった。
ドイルが『緋色の研究』執筆前に読んだのはガボリオの二つの長篇『ルルージュ事件』と『ムッシュー・ルコック』ということで、歴史的重要性があり、ずっと『ムッシュー・ルコック』を日本語で読みたかった。
実はガボリオをコツコツ個人で翻訳しておられる牟野素人さん、という方がいらして、ルコック登場のガボリオ作全5長篇のうち、『オルシバルの殺人事件』(1866)、『ファイルナンバー113』(1867)、『巴里の奴隷たち』(1868)という3長篇の全訳がびっくりするくらい安いけれど上質な翻訳でアマゾンKindleの電子本として入手可能なのです。
『ルルージュ事件』(1865)の全訳は国書刊行会から2008年に出版されている。
牟野素人さん(ご本人は無能なシロートと自嘲されておられますが)、現在ガボリオの『地獄の生活』(1870)をブログで連載中で、私は何度か図々しくも「次はムッシュー・ルコックをお願いします…」と頼んでみたのですが、長すぎるので嫌だ、というお返事。
自分でも出来るかも?と思ったのは、最近のDeepLの翻訳能力の向上で、これ下訳に使ったら割と簡単なのでは?と感じて(昔フランス語をちょっぴり齧っていて良かった!)やってみたら割と良い水準にまとまりそう。
最近Roger Bonniotのガボリオ伝(1985)を入手して、こちらも解読中。伝記なんて読まなくても翻訳に関係ないよ、と思ってたけど、ちょっと覗いたら『ムッシュー・ルコック』に出てくる御者パピヨンのDame! という罵り語はブルターニュ方言だよ、という情報が出ていて、そうなると他にも有益なネタがあるかも?と思って全部読まなきゃ、という羽目に…
あとは第二部の舞台が1815年〜1816年がメインなので、フランス革命、帝政、王政復古、第二帝政に至るフランス史を今更勉強中です…
フランス警察の制度もぼんやり知識しかなかったので、作品冒頭のSûretéとPréfectureの関係がよく分からない。これはネット記事「番外編4「メグレは警部か警視か(警視正か)」問題(執筆者・瀬名秀明)」が非常にまとまってて、大いに参考になった。https://honyakumystery.jp/23313
いろいろ細かいことが気になるけど、2026年1月中に、このブログで本編を連載開始予定です。
完成したら牟野素人さんみたいにkindleで出したいなあ…