十六 × 二十

本について。時々他のネタも。心臓が悪いのでコメント不可です…

お金は大事だよ〜【資料】日本・英国・米国篇(改訂版)

シミルボン投稿日 2022.08.20(はてブ2023-8-25:内容を増補改訂して23回分に分割)

 ※ 1797年のTwopence貨幣 直径41mm

 

昔の小説を読んでいて、外国通貨が出て来ると、これって、今の何円相当なんだろうか、と思ったこと、ありませんか?

ウンザリするほど訳注たっぷりの翻訳小説でも大抵は教えてくれないのです。引用句の元ネタ(この手の訳注はかなり多い)とかどうでも良い、お金の話題は(特に探偵小説では)ストーリー的にもかなり重要なんだから教えてよ!とずっと思っていました。

例えば、今まで全く知らなかった叔父が死んで1000ポンドの遺産を相続した!という時の感覚を理解するために、ぜひ円換算して欲しいですよね。金額レベルによっては人を殺しても良い気持ちになるでしょうから
まあでもWebにあった論文「バルザック時代の一フラン」(佐野 栄一)をみても、いろいろ考慮しなければならない要素があって、簡単にいかないことは理解できるし、大体、翻訳時点で換算しても数年経ったらすぐ古びてしまう情報だから、お金の価値換算には手を出さぬが吉、なのでしょう。
まあでも、私はWebサイト「ミステリの祭典」や、このブログでも大胆に価値換算してきました。特に方法を説明して来なかったのですが、今回はその考え方と方法について、少し詳しくお知らせしましょう。この方法はWebに公開されているデータで価値換算出来るので、気が向いたらお試しください。


まずは数十年前の日本。

福本 伸行『アカギ』では「昭和40(1965)6億は現在(連載時2017)の約60億」とか繰り返し出てきますよね。さて、これホント?

 

私は根が単純なので、消費者物価指数を使えばざっくりとした価値換算が出来ると思っています。

消費者物価指数(以下CPI)とは… まあググってください。

 

もちろん過去と現在の価値換算を本気で行うためには、物価だけではなく、社会制度(収入から差し引かれる税金や社会保障料とかの国民負担率など)も考慮に入れる必要がありますが、私はまずCPIベースでいくらになるのか?を押さえてから、その当時の税や社会保障などの制度の分析を行えば良いのでは?と考えます。まずは大雑把な基準点を設定する、という方法論です。CPIは政府が国際統計として公開している数値なので、使い勝手が良いデータです。特に英国や米国はかなり古くまで遡れますし


私が使っているWeb資料は「明治・大正・昭和・平成・令和 値段史」(非常に充実したサイト。いろいろ興味深い資料あり)

この中に「24.物価指数」として各種CPIをまとめた便利な表があります。(サイトの左インデックスから飛んでくださいね)

いろいろなCPIが示されていますが、詳細は私に聞かないでください(私は適当にやっています)

表は五年刻みのデータなので大雑把な比較となりますが、でも1870(明治3)まで遡れます。素晴らしいですね。なお、一年刻みのデータは何処かに転がってるはずですが、私は日本の小説をあんまり読まないので調べていません

 

今回は1965年と2015年の比較です。

計算してみましょう。1965年の都市部CPI4432015年は1804、なので倍率は4.07倍。同じ資料に「6.給料・労賃(1)」「7.給料・労賃(2)」があるのでこちらを覗くと、この間で約10倍。高度成長で給与水準が実質2.5倍に伸びた時代だったんですね。実に羨ましい。

日本の価値換算でよくあるのは米価ベースや蕎麦ベースなので、参考までにこのサイトで見ると

白米10kg:(1965)1360→(2015)3946

うどん(外食):(1965)50→(2015)630円※なぜか「そば」のデータが昭和35年までこの表の編者は関西人か?

この単品ベースの比較だと何を選ぶか、で随分数値が変わりますね。

 

福本先生は給与ベースで価値換算してるのでしょう。「10倍!」の方がインパクトがありますし

でも社会のモノの値段の平均値の推移はCPIが示しているのですから、1965年と2015年の比較ならば4倍が正確だと思うのです。

つまり、我々が知りたいのは何?という事です。1965年に10000円があるよ、という状況なら、その10000円でどのくらいのモノが買えるの?ということでしょう。

これが1965年に10000円の給料だった、という状況ならば、今の給与レベルと比較してどのくらいの水準なのか、その金額は手取りなのか、などをいろいろな職種の給与を調べて考察するべきでしょう。

なお、税や社会保障料などの平均負担割合を示す国民負担率は1970(ここまでしかデータが無いらしい)24.3%2015年で42.3%です。これで補正すると1970年の給与1000円は実質757円で、2015年の給与10000円は5770円です。となると受け取った給与額は10倍になっても、そのうち使える額で比較すると約7.6倍に目減りしているわけです。物価はその間4倍に上がっているので、給与水準はこの十年間で約1.9倍に上がった(1.9倍のモノが買える)ということですね。(でも国民負担率には個人や企業の法人税&消費税も含まれるので、この単純計算だと消費税が二重計上されちゃっています…)

 

まあでも基本的にCPIベースで換算すれば、その時代の価値を、現在の価値に置き換えて大雑把に比較できそう、という事でよろしいでしょうか?

 

日本の場合は明治以前に遡ると、肝心のCPI統計が存在しないので使えませんし、社会構造自体が大幅に変化したので、価値換算の良い方法をまだ思いついていません。私は江戸時代の小説もほとんど読みませんしねでも銀が重量を基準に貨幣として通用していたので、これと米価のデータでなんとかなるのでは?という気もします。

 

続きまして、英国の場合。

A・A・ミルン『赤い館の秘密』(1922) より。[ ]内は私が補ったもの。

21歳になったとき[1903]、彼は母親の遺産として年に400ポンドの収入を手にすることになった(第二章)

この収入をあてにして「世界(実際はロンドンの各地)を見物」というのですが、すごい大金なのか、生活するのに程々の金額なのか、これだけでは実感が湧きません。CPIによるポンド換算には非常に便利なサイトがあります。(1750年まで遡れます)

[なお以下は20228月当時のもの。当時と比較すると今は円安で、円換算は下の数字を約1.13倍する必要がありますだから翻訳書では安易に円換算しないんでしょうね]

 

1903年の£12022年の£136.61に相当する、との結果が出ます。あとは、これを最近の為替レート(ポンド/)で計算するだけ。結果、£1(1903)=現在の22129円なので、400ポンドは約880万円です。かなり余裕ある生活が可能ですね。(当時は税金も社会保障料もかなり低かったはず。未調査)
本書の作中現在はそれから十年後(1913)で、£1(1913)=20978円ですが、作中には「(メイドの彼氏が)貯金を15ポンド(23万円)もしている」堅実な人間という感じとか、「週給2ポンド(月給18万円)」のグラマースクールを出た“a London office”の事務員とかが出てきます。円換算することで、結構生き生きとしたイメージが湧くのでないでしょうか。

例によって探偵小説的な感想はこちらで。

「ミステリの祭典」赤い館の秘密


次は米国の例。

[なお以下は20228月当時のもの。今は円安で、円換算は下の数字を約1.07倍する必要があります]

チャンドラー『大いなる眠り』(1939)でデビューした私立探偵フィリップ・マーロウを雇うには「一日25ドルと雑費(twenty-five a day and expenses)」が必要。これは現在なら幾ら?
米ドルのCPIベースの換算も上記サイトの別ページにあります。(なんとこちらは1635年まで遡れます。植民地時代もカヴァーしてるんですね…)  

作中現在がよくわからないので、出版年の前年1938年としておきましょう。$1(1938)=2022年の$21.01です。現在の為替レートで2877円。$25(1938)71925円、かなりお高いですね!
私が知ってる他の探偵では、クール&ラム探偵事務所(1944)の料金が120ドルプラス必要経費、CPI基準1944/202246100円。ペリー・メイスンのドレイク探偵事務所(1963)150ドル&必要経費、CPI基準1963/202266300円。マーロウが一番高い。

指標があると時代を超えて比較が出来るのも面白いですね。(今、検索したら、日本のある実在の探偵事務所では探偵ひとりの時給を9000円としていた。8時間労働とするとマーロウとほぼ同額…)

例によって探偵小説的な感想はこちらで。

「ミステリの祭典」大いなる眠り

 

次回はCPIデータが整備されてない国(ロシア、ドイツ、イタリア)について書きます…