十六 × 二十

本について。時々他のネタも。心臓が悪いのでコメント不可です…

「賢者の贈り物」の謎 《解決編》

謎があると解決したくなるのがミステリ者(SF者[エスエフもの]っぽい言い方)のサガ。

 

前回のまとめ!

感動的な短篇O・ヘンリー「賢者の贈り物」は貧乏夫婦の話だったはずなのに、現在価値に換算すると、節約してやっと貯めた9894円($1.87)、家賃18万円($8 a week)のアパートに住む月収46万円($20 a week)の夫婦。妻が夫のために選んだクリスマス・プレゼントは11万円($21)の時計鎖!

お金にだらしない金満夫婦の茶番になっちゃうよ!

前回は、当時の賃金統計と家賃統計から見ても異常に高い額であることを説明した。

なんでO・ヘンリーは家賃と賃金をこんな高額に設定しちゃったんだろう?

 

詳しくは以下をご覧ください。

さて英Wiki "The Gift of the Magi"では「あらすじ」で

The Gift of the Magi - Wikipedia

she has only $1.87 (equivalent to about $70 in 2025)

[中略]

Madame Sofronie, who buys Della's hair for $20 (about $785 in 2025)

と価値換算をしてるくせに、給料や家賃の現在価値については全く言及していない。たぶん気づいてるのに作品が台無しになるので、無視してるんだ!(まあでも当時の週給$20は現在の週給$785(=14万8千円)と自動的にわかっちゃうので勘の良い人は何か変だなあ、と気づくだろう)

 

ところで、この謎は解決出来るかも?とふと思った。

 

私は、最初原文を読んだ時、アパートをflatと呼んでいるので英国っぽいなぁ、と感じていたのだ。

そこから、もしかしてO・ヘンリーは最初、異国(ロンドン)を舞台とした寓話の感覚で書いたのでは?と妄想したわけです。

 

では当時の英国と仮定して、現在価値を計算してみよう。

英国消費者物価指数基準1905/2025(157.07倍)で£1=29854円。流石にポンド単位は高過ぎるのでシリング(1/20ポンド)ベースで各金額を変換すると: (なお当時の英国通貨は1ペンス=1/12シリング、1ファージング=1/4ペンス)

・手元の金1シリング87ペンス(8シリング3ペンス)=12281円

〜あるいは1シリング10ペンス2ファージング(1.875シリング)か(=2799円)。

・フラットの家賃週8シリング=月51747円

・週給20シリング=月給129367円

・美しい髪の対価20シリング=29854円

時計鎖の代金21シリング(31347円)というのは、英国では宝飾・骨董品などがギニー単位(21シリング)で取引される慣習を思わせる。

うわ、なんかバリバリ辻褄が合っちゃうぞ!

 

初出時の新聞編集者が「ロンドンなんて遠い話は親しみにくい、シリングじゃ実感わかねー」と言ったので、急遽シリングをドルに変えて米国の話にしちゃった… というのが真相なのでは?

 

そうでないと前回言及したデパート女店員の賃金(月収13万8千円)や家賃 (月45852円)が出てくる"An Unfinished Story"(初出:月刊誌McClure's 1905-08、新潮文庫『O・ヘンリー傑作選Ⅲ』に「未完の物語」として収録)でまともな物価感覚を示していた作者が急にメチャクチャになった説明がつかない気がする。

 

O・ヘンリーさんは異国を舞台にしてファンタジー気分を強めに出したくて、ちょうど良さげな金額を苦労してシリング単位で計算して設定したのに、単位を米国ドルに変えろ、と言われて腹が立って、乱暴に金額を当てはめたのかも… 修正後、編集者からまた苦情が来るか?と思ってたらあっさり通って拍子抜け、という結果に… (あくまで私の妄想です)

 

ちくま文庫『O・ヘンリー ニューヨーク小説集 街の夢』(青山南 編)に「賢者の贈り物」初出の写真があったので参考展示(残念ながら拡大しても金額は読めなかった)。このちくま文庫には 前に紹介したAn Unfinished Story(こちらでは「終わらない話」)も収録されてるので、O・ヘンリーの物価感覚の比較に良いよ。

f:id:danjuurock:20250406160306j:image

 

※ O・ヘンリー作品全集でflatを検索すると、他の短篇でも安アパートの意味で使っている。米国北部では「安アパート」のことをflatと呼ぶらしい。作者が英国を舞台にした小説は無さそう。そんなような上の解決に反する事実がある。

それなら「週」と書いてるのは、実は「月」の誤りだった、としたらどうだろう?

 

米国消費者物価指数基準1905/2025(36.1倍)で$1=5291円。

・家賃8ドル=42328円

月給20ドル=105280円

これ「未完の物語」のデパートの女店員より低いんだけど… 極貧乏な収入だ。

まあでも時計鎖が21ドル(=11万円)というのは、これでは説明がつかない。どんな浪費家だよって話になっちゃうね…

 

 

(追記)

この短篇内に、単純に全部の金額設定が違うのかも、という可能性をうかがわせる箇所がある。後半あたりの Eight dollars a week or a million a year—what is the difference? (試訳: 週8ドルと年百万ドル… 違いは何だろう?)という文だ。最初の「週8ドル」は家賃とは思えない。とすると、実は賃金は週8ドルとするつもりだったのか?

まあでも物の値段の感覚って、身体に染み付いてるから、これほど多くの箇所で全部を間違えないと思うんだ。

 

(追追記)

「賢者の贈り物」で金額の疑問を呈している人はいないか?といろいろ文庫本(新潮、角川、ちくまの各新訳)や、Webサイトをあたってみたが、家賃や賃金への疑義は見当たらなかった。

一つ面白かったのは「手元の1ドル87セント、60枚は1セント銅貨」というところで、じゃあ残り27セントは他の小銭のはずだが、こういう端数になるか?と疑問を持った方がいた。

確かに現行貨幣では5セント、10セント、25セントしか可能性はないのだが、昔は2セント銅貨、3セント銀貨又はニッケル貨があったのだ(2セントは1864-1873発行、3セントは1851-1889発行なので1905年でも市中に出回っていたはず)。

 

(追追追記)

角川文庫『オー・ヘンリー傑作集1』巻末の英文学者 飯島淳秀さんの解説が腑に落ちた。

若い頃からO・ヘンリー(1862-1910)は高級取りで(20代前半で月100ドルの給与: 米国消費者物価指数基準1886/2025(33.79倍)で$1=4952円, 当時の100ドルは約50万円)、1890年代は酒好きで浪費家、1905年ごろの最も売れてた時期には月500ドル(265万円)の収入があったにもかかわらず、浪費癖は変わらず、原稿料の前借りをするくらいだった、という。

 

終結: O・ヘンリーは執筆当時、高級取りの浪費家で、庶民の収入レベルなんて知らなかった。だから「賢者の贈り物」では適当な金額を書いた(それとも俺は若い頃、そのくらい稼いでいたぜ!という自負のなせるワザか)。金銭にだらしないから後先考えずプレゼントにパーッと大金を使うのもヘッチャラ。「未完の物語」でまともな金額が書かれているのは、月刊誌マクルーア編集部がちゃんと修正したからだろう。「賢者の贈り物」は新聞掲載だから校正が不十分だったのだ…

 

(追記2025-04-08)

SmithsonianMagの記事によると、O・ヘンリーは本作を締め切り直前に大急ぎで二時間で書き上げた、という。じゃあ、やっぱり満足な校正は無理だったんだ。The History of O. Henry's 'The Gift of the Magi'