十六 × 二十

本について。時々他のネタも。心臓が悪いのでコメント不可です…

全方向に敵意、だが見かけは上品に

シミルボン投稿日 2020.08.03

1880年、作者の死により未完。なんだか中途半端な約千項目。
ざっくり言うと
「あらゆることを攻撃しつつ、うわべは礼儀をわきまえた感じの文句を集めた辞典」
例として作者は構想中の1852年に恋人への手紙で以下を挙げていた。(以下の引用は語句整理あり)

 

芸術家: 言うことはすべからくあざ笑うべし。みんな冗談好き。無視無欲な態度を褒めよ。皆と同じ服装なのは驚き。女性芸術家はすべからくふしだら。法外な金を湯水のように使っちゃう。やってることは「労働」じゃない。町のレストランでしばしば夕食に招待される。

 

ううむ。何となく悪意は感じられるが

 

伊勢エビ: ロブスターの雌。

 

意味わからん。

 

黒人女性: 白人女性よりも情熱的。

 

まあイメージとしては、そういう感じだろう。それで?

最終的に、未完の小説『ブヴァールとぺキュシュ』第二巻に組み込む予定だったようだ。
「皮肉だが、表面的には穏当な文句」
意図はわかるが現代日本19世紀末フランスの感じは掴みにくい。翻訳を介してるので尚更だ。
あの凝り性のフローベールのことだ。きっと工夫があるはず、と過大評価して言葉の裏を読めば、一種のイメージ訓練にはなる。けど辛い読書だ。
元々はアルファベット順。翻訳では訳語のアイウエオ順に直している。索引が無いので引きづらい。
気に入ったり、興味深かったのを少々挙げておく。(なお、この翻訳はややまどろっこしいので、以下は文章を自由に改変している)

 

小説: 大衆を堕落させる。単行本より新聞連載のが罪は軽い。歴史小説は歴史を教えるのでまだマシ。

 

この後、ちゃっかり『ボヴァリー夫人』を褒めてる困った人だ。

 

新聞小説: 堕落の原因。結末をあれこれ議論すべし。手紙を書き、作者にアイディアを提供せよ。自分と似た名前が使われたらすぐ抗議だ。

 

抗議は結構あったのかなあ。

 

三文記者: ジャーナリストは全員。さらに「低俗な」とつければ申し分なし。

 

今も昔も。

 

コレラ: メロンを食べるのが原因。ラム酒入りの紅茶を沢山飲めば治る。

 

訳注でフランスでは1832184918541865の四回、大規模なコレラが発生、とある。わけわからん流言も多かったのだろう。これを機に徐々に下水が整備され、衛生概念も広まったようだ。(それまでは汚物を平気で道路に直接捨ててたからねえ。時には23階の窓から…)

 

ドイツ人: フランスを打ち破ったのも不思議じゃない!(訳注: 1870普仏戦争) 我々は準備してなかった。

 

当時、流行の言い訳だったのだろう。この後も、フランスは自信満々で準備しててドイツにコテンパンにやられるパターンを繰り返す。

 

アカデミー・フランセーズ: 誹謗せよ! だが、可能な限りメンバーになろうと努めよ!

 

まあわかる。

 

イギリス人: みんな金持ち

 

ああ。(19世紀後半から20世紀初頭にかけて、英国に比べフランスの物価は安く、アガサ・クリスティの幼少時代も、一家の収入が苦しくなったから英国を離れてフランスに一時期移住してる。)

 

イタリア: 新婚旅行で皆が行くところ。かなりガッカリ。言うほど楽しい国じゃない。

 

さらに

 

イタリア人: みんな裏切り者。

 

なんかあった?

 

株式仲買人: みんな盗人。

 

わかる。

 

ベルギー人: 出来損ないのフランス人。と言えば皆笑う。(知ってた?)

 

ポアロが聞いたら、泣く。

以上の引用を読んで楽しそうに思うかもしれないが、全体的には、何コレ?な感じ。意味不明、的外れ?、翻訳が変なの?もかなりある。
まあ辞書マニアなら、ビアス悪魔の辞典』と並べて文豪枠に入れておくべし!

[追記2020.08.21 03:26]

これって京都のイケズじゃないかと気づいた。誰か京都弁で翻訳してみない?