十六 × 二十

本について。時々他のネタも。心臓が悪いのでコメント不可です…

人間の限界

 

チェスってなんかカッコいい。私のような西洋かぶれはスタイリッシュなスタントン式(これ『赤い拇指紋』で最近覚えた)の駒のデザインが良くて、遊ばないのにオクで手に入れたりする。結局、今のところ並べたのは一度きりだ。マックイーンの映画『華麗なる賭け』のチェス・シーンが素敵だった記憶がある。(でも思い出そうとしてみると全然覚えてない。どんなシーンだっけ?)
刑事コロンボでもチェス・プレイヤーが犯人役の話があった。食堂で手近な塩壺やコップなどを使ってチェスを始めるシーンが良かった。なんか頭良さそうな印象だよね
ボビー・フィッシャーは米国人で当時最強のソ連軍団(1948年からずっとソ連が世界チャンピオンの称号を独占していた)を破った唯一の「外国人」。フィッシャー後もソ連=ロシアの独占は1999年まで続いた。
私はチェスをほとんど知らないので、こーゆー本とかをちょっとかじったりパソコン時代になったらコンピュータ相手のゲームで(弱い設定でも)圧倒的に負け、キャスリング(これはアリスで覚えたんだっけ?)とかポーンの駒の取り方とか、ナイトの動きとか(これはマーチン・ガードナーのクイズで覚えた。クイーンの自由自在な動きも多分マーチンが最初)面白いなあ、と思うくらい。思えば将棋も子供の頃ちょっとかじって投げ出した。結局、論理的な先読みが出来ない単純脳らしい
この本は原著1972年、翻訳1974年でフィッシャーが世界チャンピオンだった時代(1972-1975)の企画本だ。275のステップ全てを実施すれば、全くの初心者からちゃんとプレイ出来るプレイヤーに育つ、ということらしい(最後までやってないから真偽のほどは不明) ページ構成が変わってて最初、奇数ページだけを読み進み、本の終わりに来たら、本をひっくり返して、偶数ページだけを逆に読み進む、というもの。本の片面だけに集中すれば良いからチェス盤を横に置いてもページをめくりやすい、ということか。しっかり造本されており、何度パラパラめくっても背が割れそうにないのが良い。(あっでも私の所蔵本は19786版だから、この新装版とは違うかも)
まあ、気が向いたらまた挑戦してみよう。駒がだんだん無くなっていく寂寥感も、なんか良いよね。
さてチェスと言えば将棋。将棋といえば藤井棋聖だ。現在、王位戦2連勝中。将棋は駒の動かし方程度しか知らない(定石もほぼ知らない)が、そーゆー素人にも分かりやすい圧倒的な実力だ。

私が気になってるのは、まだ人間が勝てるの?ってこと。チェスはもうダメらしい。それがわかっちゃうとチャンピオンに備わってた神秘性が一気に奪われちゃったように思う。
多分、いずれ、日本の将棋界も最終挑戦を受けざるを得ないのだろう。(一応、2017年の電王戦で勝負はあったとも思われるが…) その時は藤井名人がと想像してしまう。完全に部が悪い戦いで、勝っても将棋界になんのメリットがないとも思われるが、いや、勝ったら凄いよ。全人類に大きな希望をって大袈裟だねえ。
科学的思考と関係ある?もちろんあるよ。勝ち負けが決まるゲームってのは検証可能、てことだ。オカルトはすぐ逃げるからねえ。

さてパラドックス小噺。今回はパラドックスがありません!(詭弁、ならかろうじて合ってる?「細かいことにくどくどこだわる」くどくど小噺にしようか…)

 

「そんなの当然だ。1+1=2が常に成り立つのと同じ」うっかり口走ってしまった。きっとハイボールの飲み過ぎのせいだ。
「あら」いたずらっぽい笑み。なかなか距離を縮められない美しい横顔。
「アルコール1リットル足す水1リットルは?」
「ああ」賢い女は嫌いだ。「体積は若干減る。でも1+1の抽象は異種の合計じゃないだろう。シマウマ1匹足すライオン1匹の答えは満腹の1匹だ」
僕の言葉なんて聞いてない風で続ける。「昨日ハンバーグを作ったの。ケンが帰って来ないので」(ケン?初めて聞く名前…)2個分用意したのを大きな1個に直して食べちゃった。これだと1+1=1ね」
「ケンって誰だっけ?」気にしてないそぶりで聞く。
チラッと僕を見る。「気になる?」
「全然」(即答しすぎだ。落ち着け!)
1+1=1で問題ないでしょ?」畳みかけてくる。
「体積はざっくり言って1+1=2だろ?」
すぐに論破され、感心したらしい。しばらく黙っていたが「同種でも体積が変わる場合があるわ」と反撃。
「まあそんな物質もあるだろうけど、特殊なものだろう」すぐには例を思いつかない。
ニヤニヤして「日常にありふれたものだけど」
しばらく考えた。あらためて眺めると惚れ惚れするシルエット。何故かいつもすり抜けてしまう。邪念のせいか思考力も気力も続かない。あっさり諦めた。「もういいよ。ハイボールお代わり」
「当てたらケンのこと教えてあげる」心をえぐるのが上手だな。
「興味ないね」とすぐ返した。返事がまた早すぎだ。頭はフル回転している。
グラスを持ち上げて気づいた。「氷だ」
「ご名答」素直に感心しているのが伝わってきた。
ドライアイスでもいい。1個と1個を置いておくと体積は確実に減って2個とは言えなくなる」
「賢い男は大好きよ」とろけるようなお言葉。
じっと見つめていると、ゆっくりと口を開いた。「ケンは姉さんの息子なの。家が火事で焼けちゃって二週間前から私の部屋に住んでるってわけ」
ホッとしたのを気づかれたか? 構わないさ。
ハイボールを飲み干した。「これから僕の部屋に来て飲み直さないか」
「ダメよ」急に雰囲気が変わる。「今日はお別れに来たの」冗談であって欲しいが、そうではないようだ。
「ガキンチョの世話で忙しいって訳か」平静を装うが上手くいかない。
「違うのよ。ケンはあっケンが迎えに来た」実に嬉しそうな声。嫌な感情が僕の身体を走る。
バーの入り口を見ると僕より少しだけ若い風のがっしりとしたハンサムな若者。
「最初はお互いそんなつもりじゃなかったけど、ついそうなっちゃったノロケる女は嫌いだ。好きな女が他の男にしなだれかかるのを見るのはもっと嫌だ。
視界の隅の方で影と影が重なり一つになったように見えた。これも1+1=1だな

2020.07.30(シミルボン公開)