シミルボン投稿日 2020.10.08
(本項はシミルボンのお題「私が見つけた、隠れた名作」によるもの)
いやあ、楽しい読書でした。全然この小説のことを知らなかったので、ちょっとびっくりしています。特に良いのがチェスタトンの序文。翻訳は苦戦してて意味が通りにくいところがあります(序文のみ。本文の翻訳はリズムが良く会話がスムーズで非常に快調です)が、これチェスタトンの探偵小説エッセイ(あるいは探偵小説の書評に関するエッセイ)のなかでも屈指の出来ではないかと思いました(この序文は全文をkindleお試し版で読むことが可能)。
有名なノックスの十戒(1928)やヴァンダインの二十則(1928)にちなんでチェスタトン八戒(体形的にもピッタリ)として以下まとめてみました。原文付きのところは本書の訳者さんと解釈が大幅に違うところです。いずれ原文を全て入手して、この序文の全体をご紹介したい…と企み中。
なお、ミステリとしての書評やトリビアは[「ミステリの祭典」ミステリの採点&書評サイト]でよろしく。
「チェスタトンの八戒」(1926年3月)
真の探偵小説の破滅を防ぎ、その芸術の正しく且つ美しい、本来あるべき姿を失わせないために。以下はやってはいけないことの見本である。
1 非常に巨大で見えざる秘密結社。支部が世界各地にあり、逮捕されようが何でもやる手下たちと、誰でも隠せる多くの地下室。(a vast but invisible secret society with branches in every part of the world, with ruffians who can be brought in to do anything or undergoing cellars that can be used to hide anybody)
2 古き良き殺人事件とか盗難事件というものは純粋で愛らしいのに、国際外交の薄よごれた汚い赤テープ(官僚主義)でぐるぐるぐるぐると巻きつけて飾る。犯罪の誇り高い理想が低度の外交政策に堕す。(mar the pure and lovely outlines of a classical murder or burglary by wreathing it round and round with the dirty and dingy red tape of international diplomacy; he does not lower our lofty ideals of crime to the level of foreign politics)
3 物語終盤で突然、ある人物の弟がニュージーランドから登場。二人はそっくり。
4 最後の1・2ページで全く取るに足らぬ人物が犯人(皆疑っていなかったが、それは皆覚えていなかったからだ)
5 主人公と悪党のどちらを選ぶのか?という盛り上がりを避け、主人公の御者とか悪党の執事を出してお茶を濁す(get over the difficulty of choosing between the hero and the villain by falling back on the hero's cabman or the villain's valet)
6 私的な犯罪なのに、プロの犯罪者が実行したものと判明(まことに非スポーツマン的ななりゆきであり、プロ意識なるものが我が国のスポーツ精神をいかに損なっているかということをあらためて感じる) (introduce a professional criminal to take the blame of a private crime; a thoroughly unsporsmanlike course of action and another proof of how professinalism is ruining our national sense of sport)
7 六人が少しずつ分担して、たった一つの殺人を実行(一人が短剣を持ちこみ、一人が狙いをつけ、一人が突き刺した... )
8 じつはすべてが間違いで、誰も誰かを殺すつもりなどなかった、というガッカリ結論
物語は複雑なほど良いと考えるのは基本的な過ちである。そして、秘密を解く鍵は物語のなかに置かれるべきだ。
※2020-10-10訂正: 1、2、6を変更。趣旨は変わってないと思います; 2023-8-17修正: 5を直しました。なお当時は2021年の改訳版が出る前のもの。改訳版は私は未確認