十六 × 二十

本について。時々他のネタも。心臓が悪いのでコメント不可です…

テリー・レノックスが持ってた銃

シミルボン投稿日 2020.08.22

この本は、普通のサラリーマンだった著者が退職後の2007年夏に偶然手にとった村上訳『ロング・グッドバイ』への違和感から、原文、清水訳と比較しながらあれこれトリビアを語るエッセイ。著者直筆のスケッチが楽しい。(以降「松原版」)

こちらはミステリ翻訳に定評ある著者が、原文と前出の二冊の邦訳を比較し、自分の試訳もぶつけた本。清水、村上の訳を前書きでは褒め称えながらも、両者にイチャモンを付けてる感じ。(以降「山本版」) 翻訳の勉強には非常に役立つ内容。 多分、「松原版」が存在してなかったら、こんな大胆な本を出版しなかったのでは?
私は先に「山本版」を読んで、尊敬してた清水訳が、結構トバしのある、今なら非難されてもおかしくないレベルのものだと知ってショックを受け、先行の「松原版」には銃のトリビアも載ってるということなので、購入して読んだ。車や銃や酒などのイラストが上手で、絵が描ける人は良いなあ、と感心。文章の流れがちょっと悪いところがあり、編集の手は殆ど入っていない感じだが、面白く読める。清水訳は流石に古いので多くの勘違いをしてることもわかる。(これは仕方のないところ)
今のところ、清水訳の再読はしていない。
両書で取り上げられている翻訳談議はさておき、ここは銃のコーナー。
5章でマーロウはテリーから銃を取り上げる。(以下、拙訳)

It was a Mauser 7.65, a beauty.(モーゼル7.65ミリ(=32口径)。美しい。)

というから(以下、画像はWikiから)

のどっちかだと思いますよね。(美しい、ならHScか?)
でも第32章で

It was a small but powerful gun, 7.65 m/m caliber, a model called P.P.K. (小さいが強力な拳銃。口径7.65ミリ、P.P.K.というモデルだ。)

で、その後は第33章、第44章でMauser P.P.K.呼ばわり。ここら辺の状況は松原版で知ったのだが、松原さんが調べた通り、このモデル名はWaltherのもの。

確かにa beauty。でもチャンドラーがメーカー名を間違えた、という結論。ここまでは松原さんの本に載ってる。
ここからは(ニワカ)ガンマニアの更なるしつこい調査。
実はワルサー社はドイツの敗戦後、銃器関係の取引が禁止されている。そのため1952年にフランスManurhin社にPPKライセンス生産を許可し製造販売している。米国ではInterarms社が独占販売した。(写真はManurhin PPKのスライド刻印とグリップのロゴ)

The Long Goodbyeが出版された1953年でも禁止は続いていたので、テリーの銃が戦後入手のものなら、このManurhinのしかあり得ない。(もちろん戦前のWaltherを所有してた可能性もある)
これを見てMで始まるドイツの有名銃器メーカーMauserを連想して勘違いしたのでは?というのが私の説。
まー松原さんが指摘してるように、他にも銃器関係の誤り(ハンマーレスの大型拳銃をWebleyと呼んだりスイングアウトさせたり)があるので、単純にチャンドラーが間違えただけのような気がするけど… (実は私の説が正しいとなると第5章が1952年の場面になっちゃうので時間経過を考えると苦しい)
ご退屈さまでした!