十六 × 二十

本について。時々他のネタも。心臓が悪いのでコメント不可です…

最低レベルのエビデンスとは?

シミルボン投稿日 2020.08.08

文章のリズムが良く、数式がほぼ出てこないので文系の皆さまにピッタリ。内容は「あえて」煽ってるところも見受けられるので、やや極端な主張だと思うけど(実際のところは良く知らないが)、著者の主張にはかなり共感出来る。
ザックリまとめると、専門家の裏付けのない意見やただの基礎実験の結果なんて、エビデンスの中では最低ランクで意味なんかないんだから、統計的にキチンと分析した結果を重要視して議論のベースにしましょうね!という至極真っ当な主張。
じゃあキチンとした統計学って何?各派統計学の強みと弱みを教えます、ということもざっと書いてあって内容は結構幅広い。その当否はともかく、統計学の流派の違いでアプローチにもかなりの違いがありそうだ。素人は結論やグラフしか見えないから、実はそーゆー流派の隠れた前提が意外とキモかも?と思ったりした。
それに数式というのは曲者だ。日常言語を数式に変換すると、理系は居丈高になって、こっちの結論は絶対、みたいに威張るし、文系は数式が出てくると思考停止になるから黙る。でも仮説から数式への変換過程をじっくり精査すれば、文系的には飛躍が沢山あるんじゃね?と思わざるを得ない。というかかなり怪しい推論をタップリ含んでいるように直感する。今回のくどくど小噺はそこら辺をテーマにしたつもり。
昔から統計は胡散臭かったけど(こんな名著もあった。ほかいろいろ読んだなあ)

こっちは読んでないけど楽しそう

最近はエビデンスと名を変えて、ゴリ押し力が強くなってるから要注意。新語というものはいつの時代でも注意が必要だ。(他にはAIとかビッグデータとかディープラーニングね。どこが新しいの?ただの古くからあるPC処理じゃん、てのが溢れてる)
さて、くどくど小噺の始まり始まり!


「こまったこまった」
重役秘書エリカが僕の前を通り過ぎながら言う。
声をかけてもらいたいのがミエミエだ。何か企んでいるに違いない。
だが下心でつい声をかけてしまう。密かに好意を持ってるのは多分彼女にバレバレだろう。「何かあった?」
「あら良いところに統計のエキスパートがいた」
僕らみたいな下っ端職員を褒めることなんてめったにない。ますます怪しい。
「男と女、どっちの確率が高いのか、教えて」
重役の一人ダンから子供の誕生祝いを見繕って欲しい、と頼まれたという。だがその性別がわからないので何を選んだら良いか悩んでいるらしい。
「素直にダンに聞けよ」
「だって昨日ダンが子どものことをたっぷりしゃべってたのに聞き流してたの。
いまさらテヘペロ、あんたの話つまんないから全然聞いてなかった、なんて言えないでしょ?」
最近ダンに気に入られようと努力しているらしい、というのは聞いていた。ダンは社長の腹心なのだ。
「じゃあ子供の話で覚えてることを言ってみて」
「子供は二人。少なくとも一人は女の子。子どもを陸軍士官学校に入れたいけど、奥さんは大反対してる。知りたいのはもう一人の性別」
「じゃあ残りは男の子だろう」
「そう思うけど、男は男らしく、女も男らしくが私の理想だが、女房の考えは全然違うんだとか言ってたような気がする。女の子だって陸士に入れるでしょ?」
ダンは元軍人で、その狡猾な敵を陥れるテクニックから「蟻地獄の鬼」との異名で呼ばれていたらしい。いけ好かない自信たっぷりな脳筋野郎。ドナルド・ダックみたいなツラだが、噂では社内の美女たちを次々と罠に引きずり込んでいるという。
「なぜ一人が女の子だってわかった?詳しいシチュエーションを教えて」
ちょっと間があった。
「知りたいの?」
ためらってから「まあいいわ。昨日はダンと飲んで、結局トラップにかかっちゃった。彼タフで何度も
あわてて「いやいや、そういう話を聞きたいんじゃない」
つい早口になった。「いいかい。君がダンに「女の子がいる?」と聞いてダンが「いるよ」と言って知ったのと、ダンが君に「これが子どもの写真だよ」って言いながら写真を見せて、それが女の子だったというのでは、残った子の男女の確率が違うんだ」
「え?何それ、意味わかんない」変なことをうっかり口走っちゃったので少し動揺している。
紳士的に気づかぬ風で解説を続けた。「二人の子どもの存在パターンは年齢の上下も含めると❶❷、❶②、①❷、①②の4パターン(黒丸は男、白丸は女、数字は生まれ順だよ)。全て確率は同値(1/4)。もちろん実際は男の子の出生率が若干高いから補正すべきだけど、ここではぴったり男女50%とする。
女の子がいる?YESの状況に当てはまるのは❶②、①❷、①②だけ。となると残りの子どもが男の確率は2/3、女は1/3だ」
「あらホントね!それなら写真を見せる場合も同じでしょ?」
「それが違うんだ」思わず得意になってしまう。
「ダンに息子がいたなら娘じゃなくて息子の写真を見せる可能性がある。その分選択肢が増える。全てのパターンは、写真を見せる方を[ ]で示すと、
[❶]❷、[❶]②、[]❷、[]②
❶[❷]、❶[]、①[❷]、①[]
の8パターン。どっちを見せるかにダンの意思が介在しないなら(必ず娘の写真を見せたがるとか、がなければ)確率はそれぞれ同値(1/8)。いちおうどちらも同じ確率としておこう。
今回は、娘の写真を見せたんだから、残るのは、[]❷、[]、❶[]、[]の4パターン。全て確率同値で1/4。見せない方の子どもが男の確率1/2、女も1/2だ」
「ホントにさっきと違う!でも変ね。なんでそうなっちゃうの?」
「行動に選択枝があるならその確率も考慮しなきゃ。正確な確率を知るには正確な情報が必要なのさ」
「正確な情報」また顔が赤くなる。「わたしが見たのは家族写真。随分若い時のダンと奥さんと女の子と赤ちゃんが写ってた。赤ちゃんの性別は判らなかったダンがなんか熱心に説明してたけどわたしもうクタクタで
「わかったわかった」慌てて止めた。冷静さを保つのに最大限の意思力を振り絞った。「なるほど。家族全員の写真なら更にパターンを絞り込める。上が女の子だから①❷、①②だけだ。確率は男女1/2だね」
「なんだ結局50:50なの? 振り出しに戻っちゃった。こまったこまった」
「困ることないだろう。陸士に入れる云々で、ダンは何か愚痴ってた?」
思い出そうと視線を上げる。「多分愚痴ってないはず」
「それじゃ、下は男の子である確率が高い」
「なぜ?」
「もし子どもが二人とも女だったら、ダンは戦場の勇者たる自分の後継者が居なくて嘆くに決まってる。嘆いてないなら一人は確実に男の子だ」
「確かに
「でもプレゼントを選ぶ時には、ダンは好戦的だが奥さんは批判的だってことを考慮すべきだろう。むしろ奥さんが気に入るものを狙ったらいい。平和なイメージのものを」
感心してくれたようだ。「良いアイディアでもちょっと待って、その写真の判断、違ってるかも」
不意を突かれて一瞬考えたが、家族全員の写真の場合なんだから、さっきの確率計算は間違いようのない単純で明白な結論だ。「あり得ないよ」
だが何を思いついたのかは見当がつかないが、得意そうな表情。(ああ、なんて可愛いんだろう!)
「じゃあ、あり得たら買い物につきあって。プレゼントはあなたが選んでね」
間近で見る彼女の顔は魅力的過ぎた。思わず馬鹿げたセリフを口走った。
「じゃあ僕も条件を。僕が勝ったら他は全部忘れて僕とつきあってくれ」
ちょっとびっくりした表情。「本気?」
しばしの間、真剣な僕の視線を受け止める。
「随分強引な提案でもわたしが負ける訳ないから、その条件でいい」
「自身たっぷりだな。判定は誰が?」
「あなたにまかせる。自分に有利に判断するなんて見苦しいこと、しないでしょ?」
男らしく胸を張った。「ああ。もちろん。ちょっとでも君に理があれば君の勝ちだ」

今、僕はダンの子どものためにプレゼントを選んでいる。
だが嬉しくないといったら嘘になる。好きな女性と楽しくショッピングしてるのだ。夕食だって一緒なんだぜ(とんだ大馬鹿野郎だね!)

彼女の説:写真に写ってるのは女の子に「見えた」けど、本当にそうか?
一昔前まで男の子を女装で育てていた文化は残っていた。マッカーサーヘミングウェイがそうだ。生物学的に女の子の方が丈夫に育ったかららしい。
もしそうなら選択肢は当然変わる。❶❷、❶②のいずれかだ。結局確率には影響はないが、この場合なら上の男の子がダンの後継者として確保されてるので、ダンが嘆くはずがない。下の子の性別は五分五分だ。完全に僕の負けで間違いない