十六 × 二十

本について。時々他のネタも。心臓が悪いのでコメント不可です…

改名の実情 : ルパンの好敵手、シャーロック・ホームズの場合

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初出誌のタイトルページ(綺麗なイメージはBnF Gallicaで入手できるよ!)

 

ルルタビユの改名についてエックスに書いていたら、もう一人の改名についてふと思い出した。
ルブランがシャーロック・ホームズを自作にそのまま登場させて、ドイルから抗議されて、名前を変えた、というエピソード。
翻訳では、しれっと「シャーロック・ホームズ」と戻していて、ルブランの意図した結果どおりになっているが、弁解のように上記のエピソードが語られるのだ。

通説では、

シリーズ第七作 “La Vie extraordinaire d'Arsène Lupin : Sherlock Holmes arrive trop tard” 初出Je sais tout 1906-6-15「遅かりしシャーロック・ホームズ」を発表後、ドイル(あるいは著作代理人)から抗議があったので、単行本Arsène Lupin, gentleman-cambrioleur (1907 Laffitte)でHerlock Sholmèsに変えた、

となっているが、実は違う。

ルブランはシリーズ第九作の中篇La Dame blonde (初出は連載 Je sais tout 1906-11-15〜1907-04-15) 「金髪の女」の連載第1回で、シャーロック・ホームズを性懲りも無く実名で再び登場させている。BnF GallicaでJe sais tout誌の現物を確認してわかった。
だが連載第2回でしれっとHerlock Sholmèsに変更して、何の説明もないのだ。なので苦情は1906年10月(雑誌発売時)以降に来たのだろう。

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仏Wiki "Je sais tout"を見たら、この雑誌でもコナン・ドイル作のシャーロック・ホームズものの翻訳を載せていた。最初は1905-06(創刊5号)「踊る人形」でルパン初登場の1号前である。
そして次がドイルとウィリアム・ジレット共作の舞台劇Sherlock Holmes: The Strange Case of Miss Faulkner, 1899 (Je sais tout連載1908-02〜04)、この翻訳権を取得する交渉が進行中で、Sherlock Holmesの名前をそのまま使うのはまずいと自主規制したか、ドイルの文芸代理人に「テメーいい加減にしろよ!」と怒られたか、という事だったんだろう。雑誌ではHerlock Sholmèsに変えた時、全く説明が無かったので、自主規制だった可能性が高いかなぁ(抗議されたなら謝罪も兼ねて何らかのステートメントがあって然るべきだろうから)。

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なお英国での翻訳はThe Story-teller 1907-11 "The Adventures of Arsène Lupin No. 8. Holmlock Shears Arrives too Late" (A. Teixeira de Mattos翻訳)が最初か。たぶん雑誌からの翻訳で、さすがに英国内で超有名な固有名詞を使うのはヤバいと思ったのだろう。だが本家がHerlock Sholmèsに変えた、という情報が間に合わなかったので、独自にHolmlock Shearsという変名を使ったんじゃないだろうか。
それでルブランのシャーロック・ホームズは、英国ではHerlock SholmèsとHolmlock Shearsという二つの名前を持っている。The Story-teller誌はあまりに元ネタに近すぎて馬鹿にしてると思われるおそれを感じてHolmlock Shearsを採用したのかもしれない。

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(追記)

そういえばルブラン専門家のドゥルワール『いやいやながらルパンを生み出した作家』(1989)を買ってあったことを思い出して、急いで関連部分に目を通してみたよ。

そしたら

六月、《ジュ・セ・トゥ》誌に、『遅かりしシャーロック・ホームズ』を発表した。ところが、そのせいで、ラフィットはコナン・ドイルから抗議の手紙を受け取る羽目になった。ドイルは自分のヒーローの名が使われるのを断ったのだ。(p181)

だって。

変だなあ、と思って1906年11月「金髪の女」の記事を探すと、この中篇連載については何故か全然書いてない。ホームズの次の登場は La Lampe juive (初出Je sais tout 1907-07-15〜08-15) 「ユダヤのランプ」だったように書いてある。

つまりドゥルワールは「金髪の女」の連載初回はホームズのままだったが、二回目がHerlock Sholmèsに変わったことを見逃したんだろう。

2010年1月にアップしてる自分のルパン・ブログでは「金髪の女」の連載二回目でホームズがショームに変わったと書いてある。でも、ここが重要な変わり目のようには書いてない。

La dame blonde (1) | Agence Lupin & Cie

逆に同じく2010年1月にアップした「遅かりしシャーロック・ホームズ」の記事で、この短篇によって抗議が来て、ホームズに変わりショームが登場することになる、と相変わらず書いている。

Sherlock Holmes arrive trop tard (9) | Agence Lupin & Cie

一回思い込んじゃうと、なかなか訂正できないのかもね…

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なお、『いやいやながらルパンを生み出した作家』p325に面白いことが書いてあった。

ルブランのところには、イギリスの高校向けに『ルパン対ホームズ』に含まれる一話を出版させてもらいたい旨の許可願いがきた。1927年2月16日、アシェット社に宛ててこう書いている。

「いずれにせよ、必要な条件は、シャーロック・ホームズをホムロック・シェアー(Holmlock Shears)という名にすることです。これは、私の本の英訳版でホームズが名乗っている名前です。こうすれば、コナン・ドイルからのあらゆる抗議を避けることができます」

やっぱりThe Story-teller誌の変更は抗議対策だったのだ!