十六 × 二十

本について。時々他のネタも。心臓が悪いのでコメント不可です…

ミステリーとミステリの間柄

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以下は概ね記憶で書いてるので、細かい誤りがあると思う…(と一応予防線を貼っておく)

私が探偵小説を読み始めて数年たった頃だった。1978年、ハヤカワ・ミステリマガジンが一強だったところに、久しぶりに二つ目の海外探偵小説専門誌EQ(おお安らかに眠れ!)が創刊された。当時はポケミスの牙城を守り続けていた早川書房でさえ文庫にのりだすなど、一種の翻訳探偵小説ブームだったのだろう。

新潮社、角川書店、中央公論社など大手出版社からも多くの翻訳探偵小説が出版されていた記憶がある。確か文庫は200円から400円くらいだったかなあ?

さて、私はハヤカワっ子だったから、断然「ミステリ」派。当時は創元推理文庫もミステリと言う表記は使っておらず、「ミステリ」と言えば早川書房の独占、TMだった記憶がある。なので、10年前くらいに久しぶりに探偵小説をたくさん読むようになって驚いたのは「ミステリ」が一般名詞になっていること。

昔は

🎵おおミステリーおおミステリー、ポアロもメグレもお手上げ

という流行歌にあるように、「ミステリー」表記が断然普通で、雑誌EQも「ミステリーの総合誌」がサブタイトルだった。

でもどこから早川書房がミステリーをミステリにしたのか、そこら辺の経緯がWeb検索でもよくわからない。

さて、今回は謎の「ミステリ」初めて物語。

だ〜れががつづめたミステリい〜 (パタリロ… いちいちネタが古いよ…)

最初に書いたように、昔は早川書房専属の用語だったので、ポケミス(ハヤカワ・ポケットミステリ、略称HPB)が最初だとずっと思っていたのだが、古いHPBをみると、日本語表記は「江戸川亂歩監修 世界探偵小説全集」で奥付にも中の表紙にも一切「ミステリ」表記はない。英語表記は最初からHayakawa Pocket Mystery Book…

早川書房より、古いミステリ例を探してみたが、雄鶏社は「おんどり・みすてりい」だし、私が探した範囲内で早川書房より早い「ミステリ」例は見当たらなかった。

Webを調べると早川書房のミステリについて、新保博久先生がちゃんと書いておられた。

一方ミステリーという用語も普及しはじめ、最初ではないが1953年、早川書房がポケットブックで用いたあたりから親しまれるようになった。創刊当初は「A HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOK」と表紙や奥付などに刷られていただけで叢書名らしくないが、第4回配本から「世界探偵小説全集」と明記されている。その内容見本の推薦文では「ハヤカワ・ポケット・ミステリー」と呼ばれており、現在のように「ハヤカワ・ミステリ」(通称ポケミス)と音詰まりが正式名称になったのはいつだか、いま調べている余裕がないが、3年後に援護射撃的な意味も兼ねて雑誌EQMMの日本版が出たときは『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』で広告ページでも「ポケット・ミステリ」と音詰まり。エラリーはエラリイと表記するのが早川流だが、えらりいくいーんずみすてりーまがじんと長音が続いては間が抜けてしまう。釣られて「まーがじん」と発音しかねない。このときミステリに縮められたのかもしれない。
「Web版 有鄰 第539号(平成27年7月10日発行)」

そこで、EQMM日本語版の創刊号(1954年7月号)から第三号までをみたところ(今回私は復刻版で確認)、「探偵小説」という意味で「ミステリ」は一切使っておらず、その逆に「ミステリ」と使うべきポケミスの広告欄に一箇所「ポケット・ミステリー」という直し漏れか誤植を見つけた。

ということはEQMM日本語版が嚆矢だが、当時の編集長の都筑道夫としては「ミステリ」は不本意な表記だったのかも。私は都筑道夫の良い読者ではないが、後年でも「ミステリ」表記を使ってなかったように思っている。当時の編集部長?田村隆一の著書でも「探偵小説」という意味で「ミステリ」表記を全然使っていなかった気がする。

では誰の発案だったのか?

生島治郎(二代目編集長)の『浪漫疾風伝』(1996?)を読んだが、何も書いてなかった。

それで一つ思いついたのが、悪名高いJIS規格の語尾長音の省略ルール。

「トランジスタ」「コンピュータ」が代表例。

簡単に言うと昔のJIS規格の語尾長音ルールは

・そのことばが3音以上の場合には語尾に長音符号を付けない。

・そのことばが2音以下の場合には語尾に長音符号を付ける。

というもの。

つい最近まで「コンピューター」vs「コンピュータ」論争があった。(現在は「コンピューター」が主流)

当時のJIS規格の風潮(いつの公式化かがよくわかってないのだが1953〜4年ごろ)に合わせて「ミステリー」を「ミステリ」と縮めたのでは?と言うのが私の説。

語尾の長音表記の混乱については、昔私がQuoraに書いた文があるので、そのまま以下に引用する。

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昔はWebで読めたエッセイ「揺らぐ「コンピューター」表記」森治郎 (朝日総研リポート127-128収録)が、ここら辺の経緯について私が見た中では、もっとも詳しく記載している。

まとめると

1954年に国語審議会の「外来語の表記について」に関する審議で、外国語は「原語(特に英語)のつづりの終りの -er・-or ・-arなどをかながきにする場合には、長音符号「ー」を用いる。ただし、これを省く慣用のあるものは必ずしもつけなくてもよい」との結論になったのだが、結論を出す前に、各専門分野ではどうされますか?という問いかけはあったのだ。

実は1952年から、学術奨励審議会学術用語分科審議会において、

学術用語の制定作業が進められていたが、作業が難航しているところが多かった。それは各部門の用語制定には複数の学会が関わっており、その各々が用語について独自の伝統・しきたりを持ち、容易に譲り合わない、という事情があったからである。例えば英語の constant に相当する用語をとってみても常数(数学・物理)、恒数(化学)、定数(工学)、不変数(経済学)という具合である。constant は結局「定数」になったが、いずれ劣らぬ象牙の塔で長年使われた用語を一つに統一しようというのだから大変である。(上記エッセイから)

と、いろいろな標準化、統一化の試みが進んでいた。長音問題も揉めた。

その「食い違い」の中に長音符号問題があった。大まかにいえば理学系では語尾に長音符号を付け、工学系では付けない傾向があった。特にこの問題が深刻だったのは、日本物理学会、日本電気通信学会という理学・工学それぞれの系統の有力学会が加わっていた電気専門部会だった。内部での調整がつかず、五二年六月に部会主査の山内二郎東大教授名で有光次郎学術用語審会長あてに問題解決のための以下のような依頼書が出された。

「かねて懸案中の英語語尾、or・er・ar等の表示方法については、戦時中より長音符号を除去する方法の採用されたものが多いが、工学方面においても必ずしも統一されておりません。本部会において審議の結果も以下の如き理由から長音記号の要否については二種の意見があります。(中略)つきましては、この問題は国語審議会において討論決定されるのが最善と存じますので該審議会に早急御提案下さるよう御配慮賜らば幸甚です。」(同エッセイから引用)

そして五カ月後の十二月十八日付で出された国語審の回答は以下の通りであった。

「1略

    2 英語語尾の長音符号について

       原語のつづりの終りの er・or・arなどをかな書きにする場合には、長音符号「ー」を用いる。ただし、省く慣用のあるものや、これから造る術語では、必ずしもつけなくてよい。

       例 ライター、エレベーター、ハンマ、スリッパ、ドア、エネルギー、エントロピー

    3 略」

この回答には以下のような別紙補足説明がつけられていた。

「1略

    2 英語語尾の長音符号について

       英語などの語尾のer・or・ar をかな書きにする場合長音符号「ー」をつけることは、長年の慣習であるが、近ごろはこれを省こうとする主張もある。

       この長音符号をつけないことは、原音により近い表記であると思われるし、能率の点からいっても、いちがいにしりぞけるべきものではないが、これは単に術語だけの問題ではなく、すでに慣用の久しい外国の地名・人名や外来語などの発音表記に広範な変化をもたらすので、今にわかに賛意を表するわけにはいかない。

       原則としてはこれまでどおり長音符号をつけるのが適当であると考えるが、すでに「スリッパ」「ドア』「ハンマ」などのごとく長音符号をつけなくて行われているものや、これから造る術語では、しいてつけるに及ばないので、その含みをもたせてある。」

これから造る術語」 !

これまでの慣習だから仕方ないじゃなくて、未来の言葉も国語審ではノータッチかい!

この訳の分からない、統一の放棄が、JIS規格の

・そのことばが3音以上の場合には語尾に長音符号を付けない。

・そのことばが2音以下の場合には語尾に長音符号を付ける。

を産む原因になったのだろう。

それで一般原則とJIS規格の間で違いが生じてしまったようです…

 

(追記)

国語審の回答のせいだよ!と本文では書いたけど、「これから造る術語」 という補足説明から、もしかして国語審が言いたかったことは、「スライドドア、みたいな従来の慣用語句を含む今後の術語の場合は、従来の慣用を尊重して「スライドドアー」じゃなくても良いよ」という趣旨だったのかも… と思うようになった。「造る」をわざわざ入れてるので、そんな気がするのです。要は舌足らずだった、という事かも。

引用元の筆者も「これから造る術語」 が入っていることにビックリして、関係者に「誤植では?」とちゃんと確認をとっている。でも明確に「間違いではありません」という回答だった、と記している。もし、この趣旨は?と突っ込んでいたら、どういう返事だったのか、気になるなあ。