十六 × 二十

本について。時々他のネタも。心臓が悪いのでコメント不可です…

ムッシュ連載43(第1部第30章の2)

Hôtel des ventes Drouot、左は開設当初のものか。右は自動車の感じから1920年代?

 

偶然が、その苛烈さに皮肉まで重ねるとき、屈辱は限界を超えてしまう。かくしてダルランジュ侯爵夫人は、宝石を落とした女が見つからず良かったね、とルコックに心から言うことで、みずから知らぬまま、彼の苦悩に複雑な責め苦を加えていた。 ≪30-64≫

カッとなって叫び、怒りに身を任せ、この老婦人の思い違いを責められれば、どれほど気分が晴れることか。しかし、それでは、善良で誠実な青年という役どころはどうなる?  ≪30-65≫

彼は、唇を歪めて微笑み、多くの親切に対する感謝の言葉さえモゴモゴと言った。そして、これ以上何も得られないと判ると、新たな打撃に唖然としながら、深くお辞儀をして、後退りで部屋を出た。  ≪30-66≫
※ sortit à reculons: 主君に背を向けない、貴族の館での作法を守りつつ退室する様子。

運命か、自らの不手際か、敵の奇跡的な手腕か、彼は、捜査がますます迷い込んでいる脱出困難な迷宮から抜け出す頼みの全ての糸が、手の中で次々と切れていくのを見た。  ≪30-67≫

また新たな芝居に騙されたのか? それはあり得ない。 ≪30-68≫

もし殺人犯の共犯者が、宝石商ドワスティと口裏を合わせていたなら、彼は、そのダイヤモンドを誰に売ったかわからない、あるいは、それは自分の店から出たものではない、と率直かつ簡潔に答えるよう指示したことだろう。  ≪30-69≫

状況の複雑さそのものが、偽りは無いと示していた。 ≪30-70≫

それに、若い刑事には、侯爵夫人の主張を疑わない別の理由があった。宝石商とその妻の間で交わされた目配せを、あの時、彼は目にしていたのだが、それが今、事実をまばゆい光で照らしたのだ。 ≪30-71≫

その視線が意味するところはこうだ。侯爵夫人がダイヤモンドを購入したのは、世間が思う以上にありふれた、社交界の女性たちがよくやる、ちょっとした投機だ、と宝石商夫婦は感じていたのだ。ツケで買って損を覚悟で即金転売し、内金と売値の差益を一時的に利用するやり口。 ≪30-72≫
※ femmes du vrai monde: 「真の世界の女性」19世紀においては「本物の社交界の貴婦人たち」の意味。高級娼婦や愛妾たちが華やかな生活を送る「ドゥミ・モンド(Demi-monde)」の対義語のようだ。

ルコックは、本筋から離れたこの話も、徹底的に突き止めることにした。  ≪30-73≫
※ incident<affaireという関係。

捜査に得るものが無さそうでも、マリアンブールホテルで、あまりに純粋なため外見に惑わされて以来、彼を苦しめ続けた後悔の念など、二度と味わいたくないと思っていたのだ。  ≪30-74≫

そこで彼はドワスティの店に戻り、自分の正体が全然疑われないような、もっともらしい口実で、商売上の帳簿を見る許可を取り付けた。  ≪30-75≫

指定の年の、正しい月に、その販売記録は、取引明細帳だけでなく、総勘定元帳にも記載されていた。九千フランが勘定に計上されており、その後、間隔を空けながら順次、侯爵夫人による幾度かの支払いが貸方に記入されていた。​​​​​​​​​​​​​​​​ ≪30-76≫

ミルナー夫人が警察宿泊簿に偽の記載を上手く滑り込ませたのは、なんとか理解出来る。宝石商が四年分の会計帳簿全てを改ざんするのは不可能だ。 ≪30-77≫
※ registre de police: 「警察宿泊簿」とした。≪23-80≫は同じものをlivre de policeと記載、「警察登録簿」と訳している。この後の≪30-109≫もlivreのほう。
※ Gutenbergは転写ミスでMillierとしている。

事実だと疑いようがない。しかし、若い刑事は満足しなかった。 ≪30-78≫

彼は、フォーブール=サントノレ通りにある、ド・ヴァッショー男爵夫人が生前住んでいた家に向かい、そこで、親切な管理人から、この可哀そうな女性が亡くなったとき、彼女の家具や調度品は、ドルーオ通りの競売場に運ばれたことを知った。  ≪30-79≫
※ Faubourg-Saint-Honoré: (以下、未確認のGemini訳註) 18世紀から貴族や政治家が競ってオテル・パルティキュリエ(庭園付きの大邸宅)を構えた。エリゼ宮、英国大使館など。
※ l'hôtel de la rue Drouot: 1852年6月落成のパリ唯一の公式競売場。作中現在(2月)の一年前に、ド・ヴァッショー男爵夫人が死んで競売が行われた、となるので、作中現在は1854年以降になってしまう。私の説(1852年)には都合が悪いなあ… 「ムッシュー・ルコックへの助走:2.ルコック年代記(私案)」参照。

「しかも」と管理人は付け加えた、「競売を取り仕切ったのは、プティ氏でした」 ≪30-80≫
※ M. Petit: 東都はうっかり「マダム・プチ」としている。当時の競売吏(commissaire-priseur)は公職扱いの男性の仕事。初の女性は1928年就任。

一分も無駄にせず、若い刑事は、「高級家財」を専門に扱うこの競売吏のところに駆けつけた。  ≪30-81≫

プティ氏は、当時それなりの話題になった「ヴァッショーの競売」をよく覚えており、すぐに書類箱の中から、その膨大な調書を見つけた。  ≪30-82≫
※ procès-verbal: 競売の経過、誰が何をいくらで買ったかを逐一記した公的「調書」。
※ cartons: 書類を保管する厚紙の箱。

そこには多くの宝石類が、落札額と落札者氏名と共に記されていた。だが、あの忌々しい耳飾りを、漠然と思わせる品すら、一点も見当たらなかった。  ≪30-83≫

ルコックは懐からそのダイヤモンドを取り出して見せた。競売吏は見た覚えがないと答えた。しかし、それは何の証明にもならない。それまでに、そしてその後も、あまりに多くの宝石を彼は扱っているのだから!… ≪30-84≫

彼が断言したのは、男爵夫人の兄であり唯一の相続人は、指輪一つも、工芸品一つも、飾りピン一つも、遺産から自分の手元に留め置くこともなく、売却代金の受領を急いでいる感じだった。諸経費を差し引いた残高は、十六万七千五百三十フランという好ましい額に達した。  ≪30-85≫
※ cent soixante-sept mille cinq cent trente francs: ≪1-15≫の換算で一億五千七百万円。

「では」とルコックは考え込んで言った。「男爵夫人が所有していたものは、全て売却されたのですね?… 」  ≪30-86≫

「全てです」 ≪30-87≫

「で、その兄の名前は?」 ≪30-88≫

「彼もヴァッショーです… 男爵夫人はおそらく彼の親族と結婚したのでしょう。この兄は、昨年まで外交官として要職に就いていました。ベルリンに住んでいたはずです...」  ≪30-89≫

むろん、これらの情報は、ルコックの脳裏を今や支配している例の仮説とは何の関係もなかった。それでもそれは記憶にしっかりと刻み込まれた。  ≪30-90≫

「奇妙だ」と彼は、自宅に戻る途中で考えた。「この事件では、色々な所でドイツにぶつかる。殺人犯はライプツィヒから来たと主張し、ミルナー夫人はバイエルン出身だろう、そして今度はオーストリアの男爵夫人だ。 ≪30-91≫
※ bavaroise: ミルナーがバイエルン出身と思わせる描写は、ここまでに無かったと思うが… 

その夜は、新たな行動に着手するには遅くなり過ぎていた。若い刑事は眠ることにしたが、翌日は早朝から、新たな熱意をもって捜査を再開した。  ≪30-92≫

残された成功への道は、今や一つだけしか残っていないように思えた。偽兵士のポケットから見つかったラシュヌール署名の手紙だ。  ≪30-93≫

半分消えかかった頭書が示す通り、それはボーマルシェ大通りのカフェで書かれたのだ。  ≪30-94≫
※ l'entête: 便箋の上部に押された店名や住所などの「レターヘッド」、英語を避けて、ロベール仏和辞書の「頭書」としたが、多分伝わらない気がする。

どのカフェかを見つけるのは児戯に等しかった。  ≪30-95≫

ルコックが、この手紙を提示した四軒目のカフェの主人が、自店の用紙とインクであるとはっきり認めた。 ≪30-96≫
※ limonadier: 辞書には「(古) カフェの経営者」とあった。昔はレモネードが主力商品だった? 未調査。
※ encre: ≪9-61≫で「インクは青色」と書かれている。

しかし、主人も、その妻も、カウンターの女性も、給仕たちも、次々と工夫しながら質問してみた常連客たちも、誰一人として、生まれてこのかた「ラ・シュ・ヌール」という三つの音節を耳にした者はいなかった。  ≪30-97≫

何をなすべきか、何を試みるべきか?… すべてが完全に行き詰まったのか? いや、まだだ。  ≪30-98≫

あの死に際の兵士は、ラシュヌールという悪党は元役者だと言っていなかったか?…  ≪30-99≫

溺れる者が薄い板にすがるように、この微かな手がかりを頼りに、若い刑事は再び駆け出した。劇場から劇場へ、門番、事務員、役者たち、あらゆる人々に尋ね回った。  ≪30-100≫
※ l'homme qui se noie à la plus mince planche: 諺っぽいが、諺の場合は通常Qui se noie s'agrippe à une branche(枝を掴む)のようだ。

「ラシュヌールという名の役者をご存じありませんか?」  ≪30-101≫

どこでも返ってくるのは、同じ「知らない」という返事で、楽屋の冗談が添えられることもあった。そして、大抵こう聞き返された。  ≪30-102≫

「どんな役者なの?… 」  ≪30-103≫

まさにそれが、彼に答えられないことだった。手元にある情報は美徳のトワノンの「とても立派な紳士のように見えました!」という一言だけ。これでは人相書きにもならない。それに、ポリット・シュパンの妻が「立派な」という形容辞に何を込めたのかも判然としなかった。年齢に対して使ったのか、それとも身なりの良さに対して使ったのか?  ≪30-104≫

別の時にはこう聞かれた。 ≪30-105≫

「その俳優は、どんな役を演じてる?」  ≪30-106≫
※ Quels rôles: 当時の俳優は、悲劇のヒーロー、道化、悪役など、専門の「役どころ」が決まっていることが多かった。

すると、若い刑事は黙り込んだ。そんな事は知らなかった。口に出せなかった、そして紛れもない事実だったのは、ラシュヌールが今、彼、ルコックを悲しくて死にたくさせる役を演じているということだった。  ≪30-107≫

途方に暮れた彼は、警察が厄介な人物を追い詰める際に頼りにする、定番の手段に訴えた。ありふれた手法だが、その優秀さゆえにいつだって成功するのだ。≪30-108≫
※ grand cheval de bataille: (以下、未確認のGemini訳註) 伝家の宝刀、という意味。

ホテルや下宿屋の警察登録簿をすべて調べ尽くすのだ。  ≪30-109≫

毎日、夜明け前に起きて、深夜に床に就くまで、彼はパリの全ての家具付き下宿、全てのホテル、全ての安宿を訪ね歩いた。  ≪30-110≫

努力は無駄だった。彼の頭から離れないラシュヌールという名前は、一度たりとも見つからなかった。その名前は実在するのか? 気まぐれで作り上げた偽名ではないか? 彼は『ボタン年鑑』さえも紐解いた。フランス中のあらゆる名前、およそあり得そうもない名前や、奇妙極まる音節を繋ぎ合わせた名前まで載っているのに、そこにも見当たらなかった。  ≪30-111≫
※ l'Almanach Bottin: Sébastien Bottin(1764-1853)が始めた商工業年鑑・住所録。1819年〜1853年までl’Almanach du commerce de Paris et des principales villes du mondeを発行、Almanach Bottinとして知られた。なお、フランス国立図書館(BNF)に1845年と1853年のpdfがあり、Lacheneurを調べたが、確かに載っていなかった!

しかし、彼を落胆させたり、彼が自らに課したこのほとんど不可能な任務から遠ざけることは、何があっても出来なかった。彼の頑固さは、偏執狂の域に達していた。  ≪30-112≫

最初の頃のような、すぐにねじ伏せられる発作的な怒りはもうない。今の彼は、激しい苛立ち感がずっと続いていて、それが、明晰さを狂わせはじめていた。 ≪30-113≫

もはや理論も、緻密な構想も、巧妙な演繹推理もなかった!… 彼は、まるで酒に酔ったアプサント親父のように、何の方針も方法もなく、手当たり次第に探していた。  ≪30-114≫

おそらく彼は、事前に察知し、実際に触れ、もはや同化して呼吸しているようなこの惨劇を、闇から引き出すために、自分の能力よりも偶然に頼るようになってしまったのだろう。  ≪30-115≫

※ 初出紙の連載第44回目(1868-7-9)の終わり

(つづく)
 
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