十六 × 二十

本について。時々他のネタも。心臓が悪いのでコメント不可です…

ムッシュ連載40(第1部第28章)

PALAIS DE JUSTICE premier étage, Île de la Cité Paris, 1900

赤字はこちらで付けた、Gemini調べのもの。詳細は詰めていない。
(a) 左翼の四階(troisième étage)の予審回廊≪15-64≫は多分この辺。≪30-30≫で判事とルコックがいた所。
(b) 狭くて陰気な回廊 ≪28-31≫
(c) 監獄、またの名「鼠取り」≪28-31≫
(d) 第一中庭 ≪28-32≫

 

XXVIII

予審を一言で言うなら、デラモルト=フェリーヌは「闘争」と定義した。真実を明らかにしようとする正義と、その秘密を守ろうとする犯罪との間の、恐ろしい闘争である。 ≪28-1≫
※ Delamorte-Felines: お馴染み「予審判事マニュアル」(1836)の著者。出版当時はドローム県ディー(Die)の予審判事。

社会の代理人として、裁量権を与えられ、良心と法律のみに従う予審判事は、非常に強力な権限を握っている。 ≪28-2≫

妨げるものは何もなく、命令する者もいない。行政、警察、軍隊、すべてが彼の意のままに動く。彼の言葉一つで、二十人、必要ならば百人の捜査官がパリ中を駆け回り、フランス中をくまなく捜索し、ヨーロッパ中に捜索の手を広げる。 ≪28-3≫

ある人物が不明点を解明できると彼が考えた場合、その人物は執務室に召喚され、たとえ百リュー離れた場所からでも出頭する。これが判事である。 ≪28-4≫
※ cabinet: 予審判事マニュアル(1836) 第九章第三節では、証人への尋問は判事の執務室(cabinet du juge d’instruction)で行う、と限定している。

独房に閉じ込められた犯罪の容疑者は、隔離房ならなおさら、生者の列から切り離されている。看守の監視下に置かれた独房には、外部の物音一つ届かない。外で何が語られ、何が起きているのか… 彼は知らない。どんな証人が尋問され、どう供述したのかも、彼にはわからない。そして、魂が戦慄する中で、自分がどこまで追い詰められているのか、いかなる証拠が収集されているのか、どんな圧倒的な罪状で押しつぶされてしまうのか、と自問するばかりとなる。 ≪28-5≫

これが被告だ。 ≪28-6≫

それでも!… 両者の間の絶望的な武器の格差にもかかわらず、時には隔離房の男が勝利することもある。 ≪28-7≫

もし彼が犯罪の証拠を一切残さず、不利な前歴もなければ、絶対的な否定という城砦の中で、司法のあらゆる攻勢に抵抗することができるのだ。 ≪28-8≫

それが、現時点での、謎の殺人犯メの状況だった。 ≪28-9≫

セグミュラ殿とルコックは、悔しさと苦渋の混じった思いで、それを認めざるを得なかった。彼らは、ポリット・シュパンやその妻が、この苛立たしい難問を解く鍵を握っているはずだと期待を抱いていて、また期待すべきでもあった… その期待は消え去った。 ≪28-10≫

自称「口上役」の芸人という設定は、この危険な試練を無傷で乗り切り、彼の正体はこれまで以上に謎に包まれたままだった。 ≪28-11≫

「しかし」と判事は絶望的な身振りで言った。「しかし、あの連中は何かを知っている。もし彼らが口を開けば...」 ≪28-12≫

「口を開かないでしょう」 ≪28-13≫

「なぜだろう? 彼らを動かす動機は? ああ、そこが、明らかにすべき点だ。ポリット・シュパンのような下劣な男を沈黙させるのに、どれほど輝く約束が必要だったか? 沈黙を守ることで本当に身を危険にさらしているのだから、どんな報酬を当てにしているんだ?…」 ≪28-14≫

ルコックは答えなかった。険しく寄せられた眉は、驚異的な集中力で猛烈に考えていることを示していた。 ≪28-15≫

「閣下、一つだけ」彼はついに口を開いた。「それら全ての疑問を合わせたよりも私を悩ませている問題があります。それが解決すれば、私たちにとって大きな一歩になるでしょう」 ≪28-16≫

「それは?」 ≪28-17≫

「閣下は、シュパンに約束されたものは何だ?とお尋ねですが… 私は、彼に何かを約束したのは誰なのか?という疑問を持っています」 ≪28-18≫

「誰だって?… もちろん、共犯者だ。我々を取り巻くこの不可解な陰謀の謎の熟練職人だよ」 ≪28-19≫

あまりにも際立つ大胆さと巧妙さに向けられたこの賛辞に、若い刑事は拳を握りしめた。ああ!彼は、ビュット・オ・カイユの路地で警察を閉じ込めたあの共犯者を、ひどく憎んでいた。獲物であるべき男に、狩人の役割を演じられたのが、決して許せなかった。≪28-20≫

「確かに」と彼は答えた。「奴の手が介在しているのでしょう。しかし、今回はどのような策を講じたのでしょうか? 派出所でシュパン後家と取り引きした時なら、なんとか手口がわかる。しかし、厳重な監視下に置かれた囚人ポリットに、どのように接触出来たのでしょう?」 ≪28-21≫

彼は自分の考えを全て口には出さず、表現を和らげた。それでもセグミュラ殿は、少し過激な発想に驚いたように、はっとした。 ≪28-22≫

「何を言っている!...」と彼は言った。「まさか、刑務所の職員が買収されたと考えているのか?」 ≪28-23≫

ルコックは、どちらとも取れる様子で首を振った。 ≪28-24≫

「私は何も信じてはいません」と彼は答えた。「特に誰かを疑っているわけでもありません。ただ可能性を探っているだけです。シュパンは、確かに予めの警告を受けていたのか、いなかったのか、どちらでしたか?」 ≪28-25≫

「受けていた。間違いない」 ≪28-26≫

「では、それで確定ですね! それでは! 説明としては、刑務所内に内通者がいる、あるいは面会室で接触があった、そう推測する他ありません」 ≪28-27≫
※ parloir: 面会室。≪12-21≫で言及のあったparloir des singesと同じ?

確かに、第三の選択肢を想像するのは困難だった。 ≪28-28≫

セグミュラ殿は明らかに非常に動揺していた。いくつかの選択肢の間で迷っている様子だったが、突然決心して立ち上がり、帽子を手に取りながら言った。 ≪28-29≫
※ chapeau: この帽子は判事のToque帽だろう。ということは、判事の法衣で執務しているのだ。「ムッシュ連載31(第1部第21章の2)」のイラスト参照。1890年ごろは背広になっている。どこら辺で変わったんだろう。司法宮が一部壊されたパリ・コミューン(1871)以降か? どうやら直接の記録は残っていないようだ。

「はっきりさせておきたい。行こう、ルコック殿」 ≪30-30≫

二人は部屋を出た。そして、「鼠取り」とパリ司法宮をつなぐ狭くて陰気な回廊のおかげで、二分で監獄に着いた。 ≪28-31≫
※ souricière: パリ警視庁の未決囚の待合室、と辞書にあった。監獄Dépôtの俗な言い方のようだ。

被告たちに粗末な食事が配られたばかりで、獄長は業務を監督しながら、ジェヴロルと一緒に第一中庭を散歩していた。 ≪28-32≫
※ pitance: 粗末な食事、施し
※ la première cour

判事を見つけると、彼は目立って いそいそと近づいて来た。 ≪28-33≫

「閣下、言うまでもなく」獄長は切り出した。「被告メの件で来られたのですね?」 ≪28-34≫

「その通りです」 ≪28-35≫

被告の話である以上、ジェヴロルは立ち入っても失礼にはあたるまいと、彼らに近づいて来た。 ≪28-36≫

「ちょうど治安局警部殿とその話をしていたところです」と獄長は続けた。「あの男の行儀の良さに、私がどれほど満足しているか、と。拘束衣を着せる必要がなくなっただけでなく、性格もすっかり変わりました。食欲も旺盛で、小鳥のように陽気で、看守たちと冗談を飛ばし合っています...」 ≪28-37≫
※ l'inspecteur de la sûreté: 本人への呼びかけに使ってる、ということはこれが正式な肩書きだったのだろう。
※ gai comme un pinson: 慣用句。≪6-11≫参照。

「なんでしょうな!」将軍は、自分の名が出たので口を挟んだ。「絶望に襲われて... その後、奴は、おそらく首はつながるだろう、流刑地での生活だって生きていればこそ、それにそこから出られる日も来る、と考えたんでしょう」 ≪28-38≫

判事と若い刑事は、不安げな視線を交わした。自称 旅芸人のその陽気さは、演じている役の続きにすぎないかもしれない。また、捜査の裏をかいたという自信から来たものかもしれない。誰が判るだろう?... 外部から何らかの吉報が届いたのか。 ≪28-39≫

この最後の推測が、セグミュラ殿の頭に鮮やかに浮かび、彼は身震いした。 ≪28-40≫

「獄長殿」と彼は尋ねた。「隔離房にいる被告たちに外部からの連絡が一切届かないのは、間違いないのですか?」 ≪28-41≫

この疑念は、この立派な役人を本当に傷つけたようだった。自分の監獄を疑うなんて!… それは彼自身を疑うようなものだ! 彼は、この非常識な冒涜を天に訴えるように、思わず両手を上に掲げた。 ≪28-42≫

「間違いありませんよ!…」と彼は叫んだ。「閣下は隔離房をまだ訪れたことがなかったのですか? 三重の鉄格子に、日の光さえ遮る目隠し板など、あの場所を包囲する、過剰なまでに豊富な予防措置を、見たことがないのですか… さらに、昼夜を問わず窓の下を巡回する番兵もいるんです。つまり、ツバメ一羽、そう、ツバメ一羽ですら、囚人のところには到達できません。 ≪28-43≫
※ factionnaire
※ hirondelle

その説明だけで、本来なら安心できるはずだ。 ≪28-44≫

「そうであれば、私はすっかり安堵しました」と判事は言った。「では獄長殿、次は別の被告人について、いくつか情報をいただきたい。シュパンという男です」 ≪28-45≫

「ああ!… あいつですか。嫌な不良ですね」 ≪28-46≫

「その男です。昨日、面会者がなかったかを知りたいのです」 ≪28-47≫

「おやおや!... 閣下、確かな回答には、書記課に行かなきゃなりません。いやつまり、お待ちください、あそこにいる、あのポーチの下の小柄な看守が、教えてくれるかも。おい! フェロー!...」と彼は叫んだ。 ≪28-48≫

呼ばれた看守が駆け寄ってきた。 ≪28-49≫

「お前」と獄長は尋ねた。「昨日、シュパンという男が面会室に行ったか知ってるか?」と彼は尋ねた。 ≪28-50≫

「はい、閣下。私が案内しました」 ≪28-51≫

セグミュラ殿は満足そうに微笑んだ。この答えで、全ての疑惑が晴れたのだ。 ≪28-52≫

「そして、面会者は誰でした?」とルコックが素早く尋ねた。「太った男で、顔は真っ赤、鼻は獅子鼻…」 ≪28-53≫

「とんでもない、ムッシュー、それは女でした。叔母だと彼は言ってました」 ≪28-54≫
※ monsieur: ここは適切な日本語の呼び方を思いつかない。英語のsirみたいな感じ。

判事と若い刑事は、同じ驚きの声を上げ、同時に尋ねた。 ≪28-55≫

「どんな女でしたか?」 ≪28-56≫

「小柄で」と看守は答えた。「ぽっちゃりしていて、見事な金髪で、いかにも善良そうな女でした。身なりは上等じゃなかったですけど...」 ≪28-57≫

「あそこから逃げた女の一人だろうか?」とルコックが声に出した。 ≪28-58≫

ジェヴロルは大きな笑い声をあげた。 ≪28-59≫

「今度はロシアの公女さまか」と彼は言った。 ≪28-60≫

しかし判事はその冗談をあまり面白がっていないようだった。 ≪28-61≫

「お忘れですか、捜査官殿!...」と彼は厳しく言った。「同僚に向けた冗談は、私にも届くと!」 ≪28-62≫

将軍は行き過ぎを悟り、ルコックに非常に毒々しい視線を投げつけながら、しきりに謝罪した。 ≪28-63≫

セグミュラ殿は聞こえないふりをした。獄長に別れを告げ、若い刑事についてくるよう合図した。 ≪28-64≫

「警視庁へ急いで行って」と彼は言った。「どうやって、どんな口実で、ポリット・シュパンに面会するための許可証を、その女が手に入れたか調べてください」 ≪28-65≫

※ 初出紙の連載第41回目(1868-7-6)の終わり


(つづく)
 
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