十六 × 二十

本について。時々他のネタも。心臓が悪いのでコメント不可です…

ムッシュ連載29(第1部第20章の2)

Thomas Jones Barker "Napoleon at Waterloo" 1879、ナポレオンに話かけているのは副官General Gaspard Gourgaudだろう(Grok調べ。私は未確認)。

 

もっともらしい嘘とありえない真実が示された場合、司法という、人間が作った、すなわち誤りを犯しうる制度は、蓋然性の高い方を選ぶのが普通である。 ≪20-66≫

しかし、この一時間、セグミュラ殿はまさにその反対のことをしていた。それで、彼はずっと不安を抱いていた。 ≪20-67≫

しかし、被告が、女二人は背が高く「黒い肌」だったと断言したとき、それまでの疑念は、太陽の光が霧を晴らすように消えた。 ≪20-68≫

彼にとって、このあからさまな主張は、殺人犯とシュパン婆の親密な関係を示していた。捜査を誤らせる作り話だという裏付けにもなった。 ≪20-69≫

彼は結論づけた。あらゆる疑いの目から隠すために、様々な努力が払われているのは、巧妙に積み上げられた外見の下に、かなり深刻な事実が存在するに違いない。 ≪20-70≫

もし、この男が「女たちは金髪だった」と言っていたら、セグミュラ殿は何を信じて良いかわからなかっただろう。 ≪20-71≫

彼の満足感は計り知れないものだったが、表情には出さなかった。被告には、判事が先入観で動いていると思わせておくことが重要だった。 ≪20-72≫

「分かるでしょう」と判事は、まったく善良そうな口調で言った。「この二人の女を見つけることが、どれほど重要か。女たちの証言があなたの主張と一致すれば、あなたの立場は格段に良くなるのです」 ≪20-73≫

「うん、それは理解している。だが、どうやって捕まえりゃ良いんだ?」 ≪20-74≫

「そのための警察です... 捜査官は、被告人の無実を立証できるよう、支援する役割を担っています。何か特定出来る、捜索を容易にするような特徴に気づきましたか?」 ≪20-75≫

被告人から目を離さなかったルコックは、彼の唇に微笑みが浮かぶのを見た気がした。 ≪20-76≫

「何も気づかなかった」と彼は冷ややかに言った。 ≪20-77≫

しばらくの間、セグミュラー殿は机の引き出しを開いていた。そこから、犯罪現場で拾われた耳飾りを取り出し、突然、男へ突きつけながら言った。 ≪20-78≫

「では、あなたは一人の女の耳に、これがあるのが見えなかったのですか?...」 ≪20-79≫

被告は動じず、無頓着さは変わらなかった。 ≪20-80≫

彼は耳飾りを受け取り、注意深く観察し、光にかざして輝きを賞賛し、こう言った。 ≪20-81≫

「美しい石だ。でも、俺は気づかなかった」 ≪20-82≫

「この石は」と判事は強調した。「ダイヤモンドです」 ≪20-83≫

「ほう!… 」 ≪20-84≫

「そうです。数千フランの価値があります」 ≪20-85≫

「これがそんなに!… 」 ≪20-86≫

この叫びは役柄の感じにぴったりだったが、殺人犯はふさわしい純朴さを出せず、むしろやり過ぎてしまった。 ≪20-87≫

彼のような放浪者、ヨーロッパ中の大都市を渡り歩いてきた者だとしたら、ダイヤモンドの価値にそれほどびっくりしないだろう。 ≪20-88≫

しかし、セグミュラ殿は、この優位を慌てて利用しなかった。 ≪20-89≫

「もうひとつ」と判事は言った。「銃を捨てて『捕まえに来い』と叫んだとき、あなたの意図は何だったのですか?」 ≪20-90≫
※ 実際の場面は≪1-84≫

「逃げるつもりだった…」 ≪20-91≫

「どこから?」 ≪20-92≫

「そりゃあ!… 閣下、あのドアから、そこから…」 ≪20-93≫

「そう、裏口からですね」と判事は冷たい皮肉で言った。「では、では説明してください。あの酒場に初めて足を踏み入れたあなたが、その出口をどうして知っていたのですか」 ≪20-94≫

初めて、被告人の目に動揺が走り、自信が消えた。だが、それは一瞬で、彼は笑った。だが、不自然な笑いで、不安を隠しきれないものだった。 ≪20-95≫

「面白いな!...」と彼は答えた。「二人の女がそこから出るのをちょうど見ていたんだ...」 ≪20-96≫

「失礼!... あなたは、女たちが立ち去るのには気づかなかったと断言しましたよ。あまりに忙しくて、女たちの動きに注意を払っていなかった、と」 ≪20-97≫

「俺がそう言った?…」 ≪20-98≫

「一言一句。その部分を読み上げましょう。ゴゲ... 読んでくれ」 ≪20-99≫

書記官が読み上げた。すると男は発言の意味を争い始めた... 「そんなことは言っていない」と彼は主張した。「全くそのつもりで言ってはいない… 誤解された…」 ≪20-100≫
※ その時の証言は「いなくなってたよ」≪20-63≫なので、判事の方がニュアンスを捻じ曲げてる気がする。

ルコックは有頂天になっていた。 ≪20-101≫

「おい、この親父」と彼は思った。「言い争って、泥沼にはまって、終わるんだ…」 ≪20-102≫

その考察は実に的を射ていた。予審司法官の前に立つ被告人の状況は、泳げない男が海に足を踏み入れ、口元まで水に浸かる状況に例えられる。均衡を保っている間はいい。揺れている?… もはや足は地に着かない。もがき、のたうち回ったところで、もう終わりだ。一口水を飲み込めば、次の波が彼を呑み込む。叫ぼうとしても水を飲むばかりで…溺死してしまう。 ≪20-103≫

「もういい」と判事は言った。尋問はここから数を増し、あらゆる細部に及ぼうとしていた。「どういうことです? 遊びに出かけるつもりだったのに、ポケットにこの拳銃を入れていたとは」 ≪20-104≫

「道中の用心に持ち歩いてただけだ。着替えをする暇もなかったので、ホテルに預けるなんて考えなかった」 ≪20-105≫

「どこで買ったんですか?」 ≪20-106≫

「シンプソン殿からもらったんだ、記念品なんだ」 ≪20-107≫

「またそれかね」と判事は冷ややかに指摘した。「そのシンプソン殿って、都合のいい人物ですね。まあいい、話を続けましょう。この恐ろしい武器は、たった二発しか撃たれていませんが、三人の男が死にました。あなたは、この顛末をまだ話していませんね」≪20-108≫

「なんたること!…」男は声を詰まらせた。「仕方ないじゃないか!…敵の二人が倒れ、勝負はやっと五分。そこで俺は最後の敵、兵士をがっしり掴んで、突き飛ばした… あいつはテーブルの角にぶつかり、二度と起き上がらなかった」 ≪20-109≫

セグミュラ殿は、ルコックが描いた酒場の図面を机の上に広げた。 ≪20-110≫

「こちらへお進みください」と被告人に言い、この紙の上で、自分の位置と敵の位置を正確に特定するよう指示した。 ≪20-111≫

男は従い、見かけの身分にしては、意外なほど手慣れた様子で、惨事について説明した。 ≪20-112≫

「Cと記されたドアから入店し、入って左側のテーブルHに座った。連中は暖炉Fと窓Bの間のテーブルを占めていた」 ≪20-113≫

彼が話し終えると、 ≪20-114≫

「真実に対して」と判事は言った。「敬意を払うという意味で、伝えておくべきでしょうね。あなたの供述は医師たちの所見と完全に一致します。一発は至近距離から、もう一発は約二メートルの距離から放たれたという鑑定結果でした」 ≪20-115≫

品の無い被告なら、ここで勝ち誇るところだ。この男は、それどころか、かすかに肩をすくめて見せただけだった。 ≪20-116≫

「それはつまり」と彼は呟いた。「医師たちが良い仕事をした、という証拠だね」 ≪20-117≫

ルコックは満足していた。 ≪20-118≫

もし自分が判事でも、これ以上見事に、尋問を進められなかった。 ≪20-119≫

彼は、デスコルヴァル殿の代わりに、セグミュラ殿を自分に与えてくれた天に感謝した。 ≪20-120≫

「その件は片付いた」判事は続けた。「でも被告人、まだあります。こちらの捜査官にひっくり返されたときに発した言葉の意味を説明してください」 ≪20-121≫

「言葉?...」 ≪20-122≫

「そうです!… あなたは言った。『来たのはプロシア人か、俺はやられた!』これはどういう意味ですか?」 ≪20-123≫
※ 正確には≪1-92≫ やや異なる。

殺人犯の頬が一瞬赤く染まった。他の質問はすべて予想していたが、この質問には不意を突かれたことが明らかだった。 ≪20-124≫

「俺がそんなことを言ったとは」当惑の表情を隠しきれず、彼は言った。「まったく驚きだ!…」 ≪20-125≫

明らかに彼は時間を稼いで、言い訳を探していた。 ≪20-126≫

「五人があなたの言葉を聞いたのです」と判事は重ねた。 ≪20-127≫

「なんにせよ」と男は続けた。「あり得る話だ。それは、ナポレオンの老親衛隊員が口癖にしていた言葉だ。ワーテルローの戦いの後、シンプソン殿に雇われていたんだ...」 ≪20-128≫

説明は遅れたものの、それなりに巧妙なものだった。セグミュラ殿もそれを受け入れたように見えた。 ≪20-129≫

「そうかもしれない」と彼は言った。「しかし、私には一つ理解できない点があります。警察の巡回隊が踏み込む前に、あなたは敵を片付けていたでしょう?… 然りか、否かで答えてください」 ≪20-130≫

「然り」 ≪20-131≫

「では、なぜ、存在を知っていた出口から逃げ出さず、連絡口の敷居に踏みとどまり、テーブルをバリケード代わりに前に置き、捜査官たちに銃口を向けて牽制していたのですか?」≪20-132≫

男はうつむいた。返答が少し遅れた。 ≪20-133≫

「俺はすっかり興奮して、警察官が来たのか、それとも殺した連中の仲間が来たのか分からなかった」 ≪20-134≫

「どちらにせよ、あなたは逃げるべきだったはず」 ≪20-135≫

殺人犯は黙り込んだ。 ≪20-136≫

「いいですか!…」とセグミュラ殿は続けた。「検察は、あなたが、その酒場にいた女二人の逃走を助けるために、意識的に、かつ自発的に逮捕される危険を冒したと考えています」 ≪20-137≫

「では、見知らぬ性悪女二人のために、俺が危険を冒したというのか?」 ≪20-138≫

「失礼!… 検察には、あなたがその二人の女を、むしろ良く知っていると強く疑うだけの強力な根拠があるのです」 ≪20-139≫

「そいつは驚きだ!…そんなことが証明出来るか!… 」 ≪20-140≫

彼は鼻で笑った。しかし、判事が自信に満ちた口調で、一音一音を強調して告げたことで、その笑いは彼の唇で凍りついた。 ≪20-141≫

「証明・して・みせ・よう!…」 ≪20-142≫

※ 初出紙の連載第30回目(1868-6-25)の終わり


(つづく)
 
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