
(左) Tavern in Paris, 1850, France (右) Scene in a Cabaret in The North of France, 1871 どちらにも前掛けをした太った女将が描かれている。
あらゆる悪徳を利用し、あらゆる恥辱に耐えてきた、この忌まわしい老女たちは、最も鋭い洞察力さえ欺くほどの、偽善の極みに達することがある。 ≪16-126≫
例えば、先入観がない男は、シュパン後家の純真さに騙されただろう。彼女の振る舞いはとても自然で、実直さ、驚き、あるいは恐怖といった音色を適切なタイミングで使い分けていた。 ≪16-127≫
だが残念ながら、それを裏切るのは、彼女の目だった。小さく灰色で、不安な獣のように動き、人を上手く欺いたという喜びがきらめき輝いてしまう。 ≪16-128≫
彼女は内心、自らの幸運と手際に満足していた。判事が自分の申し立てを真に受けていると信じ込んでいた。 ≪16-129≫
実際、老女が驚くほど饒舌にまくしたてる間、セグミュラ氏の顔の筋肉は一つも動かず、彼の内心を全く示さなかった。 ≪16-130≫
彼女が息を切らして口を閉じると、彼は無言のまま立ち上がり、書記官に近づき、調書の前半の尋問内容を確認した。 ≪16-131≫
隅に慎ましく座っていたルコックは、被告から目を離さず観察を続けていた。 ≪16-132≫
「彼女は、きっと考えている」と彼は思った。「これで全部終わりだ。自分の供述は郵便ポストに入れた手紙同様、問題なく通過する、と」 ≪16-133≫
※ passer comme une lettre à la poste: 慣用句で「(ポストに入れた手紙のように) 滞りなく、すんなり送られる」という意味。
そのようにシュパン後家がタカを括っていたなら、期待はすぐに打ち砕かれることとなった。 ≪16-134≫
セグミュラ殿は、笑顔のゴゲにちょっとした注意を与えた後、暖炉のそばに座り、尋問を推し進める時が来たと判断した。 ≪16-135≫
「では、シュパン後家」と彼は始めた。「あなたは、店へ飲みに来た連中のそばには、ただのひと時も留まらなかったと主張するのですか?」 ≪16-136≫
「一分たりとも」 ≪16-137≫
「彼らが入って来て、注文し、あなたは酒を出した。そして急いで店から離れた」 ≪16-138≫
「はい、お優しい旦那様」 ≪16-139≫
「しかし、会話の切れ端すら耳に入らなかったと言うのは不自然でしょう。何を喋っていましたか?」 ≪16-140≫
「客の話を盗み聞きする趣味はありませんので」 ≪16-141≫
「でも、何か聞こえたのでは?」 ≪16-142≫
「何も」 ≪16-143≫
予審判事は、哀れみの色を浮かべて肩をすくめた。 ≪16-144≫
「つまりこういうことですか」彼は言葉を継いだ。「あなたは司法捜査への協力を拒否している」 ≪16-145≫
「ああ!… そんな言われ方は...」 ≪16-146≫
「最後まで言わせてください。店を離れたとか、部屋で息子のシャツを縫っていたとか、そういう不自然な作り話は、すべて方便でしょう。『何も見ていない、何も聞いていない、何も知らない』とあなたは主張したいんだ。もしその言い逃れで済ますつもりなら言っておきますが、そんなことは通用しないし、どの法廷も認めないでしょう」 ≪16-147≫
「言い逃れではなく、本当のことです」 ≪16-148≫
セグミュラ殿はしばし黙って考え込んだ後、出し抜けに、 ≪16-149≫
「そうなると、あの惨めな人殺しについて、私に話すことは何もないのですね?」 ≪16-150≫
※ assassin: 本作の使われ方を見ると、かなり悪いイメージの語なのだろう。meurtrier(殺人犯)という語より、「人でなし」度合いが強い感じ。
「でも、人殺しなんかじゃないんです、お優しい旦那様...」 ≪16-151≫
「どういう意味ですか?...」 ≪16-152≫
「だって!...彼は身を守るために相手を殺しただけです。喧嘩を仕掛けられ、三人の男に一人で立ち向かった。ああいう盗賊たちに慈悲を期待できないと、よく分かっていたのです...」 ≪16-153≫
彼女は突然言葉を止め、呆然と立ち尽くした。明らかに当惑し、勢いに任せて喋りすぎた、口を滑らせてしまったと、悔いているのは明らかだった。 ≪16-154≫
彼女は、判事が何も気づかなかったと願うしかなかった。 ≪16-155≫
燃えさしが一つ、暖炉から転がり落ちた。彼は火ばさみを取り、崩れた薪の山を芸術的な手際で組み直すことに、神経を注いでいるようだった。 ≪16-156≫
「誰が教えてくれるのか」と彼は静かに呟いた。「反対に、あの男が三人を襲ったのではないと誰が保証してくれるのか...」 ≪16-157≫
「私です」シュパン後家はきっぱりと宣言した。「私が誓います!…」 ≪16-158≫
セグミュラ殿は、できるだけ驚いたふりをして、上体を起こした。 ≪16-159≫
「どうして分かるのです?」彼は問いかけた。「どうして誓えるのです? 争いが始まったとき、あなたは自分の部屋にいたんですよね」 ≪16-160≫
静かに動かず座っていたルコックは内心、喝采を送っていた。わずか八つの問いで、あの老獪な女の言い分を崩した。実に鮮やかな、そして前途有望な成果だった。共謀の事実は今や明らかだ。隠された利害関係がない限り、この狡猾な女将が被告をこれほど無謀にかばうはずがない。 ≪16-161≫
「なるほど」と判事は引き取った。「そう断言するのは、殺人犯の気性をよくわかっているからだね。間違いなく、以前からの知り合いなんでしょう」 ≪16-162≫
「あの夜まで、彼を見たことなどありません」 ≪16-163≫
「でも、彼は以前、あなたの店舗に来たのでしょう?」 ≪16-164≫
「一度も無いです」 ≪16-165≫
「おや!おや!… では、どう説明しますか? あなたが自室にいる時、その知らない男、全く初めての客が下の部屋に入って来て、『おい、婆さん!』と叫ぶ。その店舗を切り盛りしているのが、女で、もう若くないと、どうして彼は察したんでしょうか?」 ≪16-166≫
「そんなこと、彼は叫んでません」 ≪16-167≫
「良く思い出して。あなた自身が私にそう言ったのです」 ≪16-168≫
「私はそんなこと言ってません、お優しい旦那様」 ≪16-169≫
「言いました… 今から調書を読み返して、はっきりさせましょう… ゴゲ、読んでください」 ≪16-170≫
笑顔の書記官はすぐにその箇所を見つけ、良い声でシュパン婆の言葉をその通り読み上げた。 ≪16-171≫
「...それで、上で三十分ほど経ったころ、『おい、婆さん!』と下から声がしました。降りると… 云々」 ≪16-172≫
※ d'en bas: ≪16-122≫と比較すると、この句の位置だけがちょっと違う。
「これで良くお分かりでしょう!」とセグミュラ殿は念を押した。 ≪16-173≫
前科持ちの老婆の自信は、この失敗で目に見えて揺らいだ。だが、判事は追及せず、大した事柄ではないというように、この一件をさらりと流した。 ≪16-174≫
「では、他の客たち」と彼は続けた。「殺された連中については、ご存知でしたか?」 ≪16-175≫
「いいえ、ご主人様、全然知りません。アダムとイブの時代から」 ≪16-176≫
※ ni d'Ève ni d'Adam: アダムもイブも知らない=(遠い昔に遡っても知り合いじゃない)赤の他人、という慣用句。まあ、たまにこういう愚直な翻訳も許して。
「では、見知らぬ男が三人も、それも二人の女を連れてあなたの店に来たのは、少しも不審に思わなかったのですか?」 ≪16-177≫
「そういう偶然だってありますから…」 ≪16-178≫
「おやおや!…本気でそうは思っていませんよね。あんな悪天候の夜に、あなたの評判の悪い酒場、しかも大通りからも遠く離れた、あの空き地の真ん中にある店に客が来るなんて、偶然じゃないでしょう…」 ≪16-179≫
「私は魔女じゃありません。思ったことを言っただけです」 ≪16-180≫
「では、あの不幸な連中のうちで一番若い男、兵隊の格好をしたギュスターヴも、結局知らないというのですか?」 ≪16-181≫
「まったく知りません」 ≪16-182≫
セグミュラ殿は、この答えの声の調子に気づいた。そして、続けてゆっくりと聞いた。 ≪16-183≫
「少なくとも、ギュスターヴの友人の、ラシュヌールという者については聞いたことがあるでしょう?」 ≪16-184≫
その名が出た途端、『胡椒入れ』の女主人に明らかな動揺が走った。彼女は声を震わせ、しどろもどろに小さく呟いた。 ≪16-185≫
「ラシュヌール?...ラシュヌール?... そんな名前、全く聞いたことがない」 ≪16-186≫
彼女は否定したが、動揺の影響は残っていた。ルコックは心の中で、誓った。このラシュヌールをきっと突き止める、さもなくば職に殉じても良い。証拠品の中に手紙がなかったか? ボーマルシェ通りのカフェで彼が書いたとわかっている、あの手紙だ。 ≪16-187≫
そのような手がかりと忍耐力があれば絶対... ≪16-188≫
「さて」とセグミュラ殿が続けた。「これらの不幸な連中と一緒にいた女たちの話に移りましょう。どんな女たちだったのですか?...」 ≪16-189≫
「ああ!... 全く取るに足らない小娘たちです」 ≪16-190≫
「贅沢な身なりでしたか?...」 ≪16-191≫
「まったく逆で、非常にみすぼらしかった」 ≪16-192≫
「なるほど!...その人相風体を教えてください」 ≪16-193≫
※ signalement
「それが… お優しい判事様、女たちをほとんど見ていません...とにかく、二人とも背が高く、がっしりした体つきで、とても不格好でした。謝肉祭の日曜日でしたから、最初は一瞬、女装した男かと思ったくらいです。腕なんてまるで羊の肩肉で、声が嗄れて、髪は真っ黒。肌が混血(ムラート)みたいに褐色で、それが特に印象に残っています...」 ≪16-194≫
※ épaules de mouton: 肉屋の羊肉のイメージ。参考イメージ↓

※ mulâtresses: 白人と黒人の混血の女性
「もういい!...」と判事は遮った。「今、あなたが出鱈目で、非常に不誠実であるという証拠が得られた。あの女たちは小柄で、そのうちの一人は見事な金髪だったのです」 ≪16-195≫
「お優しい旦那様、誓います...」 ≪16-196≫
「誓うのはやめなさい。嘘を暴く正直な男と、あなたは対面したいのか」 ≪16-197≫
彼女は言い返さなかった。そしてしばらく沈黙が続いた。セグミュラ殿は決定的な一撃を加えることを決意した。 ≪16-198≫
「では、エプロンのポケットには」と彼は尋ねた。「不審なものは何も入っていなかったと言い張るのですか?」 ≪16-199≫
「何も… 探して良く調べてください。店にまだ置いてありますから」 ≪16-200≫
この点に関する彼女の揺るぎない自信は、偽の酔っ払いの仕業を示しているのか?… ≪16-201≫
「よろしい」セグミュラ氏は続けた。「あくまでもそう言い続けるのですね… でも間違いです。よく考えてください。振る舞い次第で、法廷でのあなたの立場が変わるのです。証人か、あるいは、共犯者か」 ≪16-202≫
後家はこの予期せぬ一撃に打ちのめされたようだったが、判事はそれ以上深追いしなかった。調書が読み上げられ、彼女は署名し、部屋を出て行った。 ≪16-203≫
すぐにセグミュラ殿は机に座り、書類に記入して書記官に手渡しながら言った。 ≪16-204≫
「ゴゲ、これは監獄長への移送命令だ。殺人犯を連れてくるよう伝えてくれ」 ≪16-205≫
※ 初出紙の連載第25回目(1868-6-20)の終わり
(つづく)
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