
左: cocher(御者)、Edme-Jean Pigal作のリトグラフ、1833-1860。
右: 1910年のfiacre (辻馬車)の写真。
XIII
その夜、ルコックは眠れなかった! ≪13-1≫
すでに四十時間以上も活動し続け、その間、満足に飲みも食べもしなかったのに。 ≪13-2≫
むしろ、疲労や高揚や不安、そして希望により、肉体には熱病のような偽りの元気が満ち溢れ、過酷な思考の末に、精神は病的に研ぎ澄まされていた。 ≪13-3≫
かつての雇主、天文学者のもとで働いていた頃、机上の演繹論に耽っていたのとはまったく違う。今、目の前にある事実に、空想の余地などなかった。死体公示所の冷たい石床に、三人の犠牲者が横たわっているのは、生々しい現実だった。 ≪13-4≫
※ déductions: 「推論」で良いが、ワザと「演繹論」と訳した。
惨劇は物理的に立証されていたが、それ以外はすべて推測や疑念、憶測の域を出なかった。このおぞましい結末に至る経緯、前兆、周到な準備を語る目撃者は、一人も現れていない。 ≪13-5≫
実のところ、捜査がもがいている暗闇を照らすには、たった一つの発見、つまり殺人犯の正体が明らかになれば十分だった。≪13-6≫
あの男は何者か?... 誰が正しくて誰が間違っていたのか、監獄の全員に支持されたジェヴロルか、それとも独りで対抗しているルコックか。 ≪13-7≫
ジェヴロルの見解は、疑いようのない証拠、目を通して心に訴えかける事実に基づいていた。 ≪13-8≫
若い刑事の仮説は、殺人犯が漏らした一言を起点とした、一連の微妙な観察と演繹推理の積み重ねにすぎなかった。 ≪13-9≫
しかし、監獄を出る際、デスコルヴァル殿の書記官と出会って、短い会話をした後、ルコックには疑いの影などもう残っていなかった。 ≪13-10≫
この実直な青年は、ルコックに巧みに誘導され、隔離房での被告と予審判事との出来事を話すのに、何の問題も感じなかった。 ≪13-11≫
あの場で、出来事など、何もなかった。 ≪13-12≫
書記官が間違いないと言ったのだが、殺人犯はデスコルヴァル殿に自白など全くしなかった。それだけでなく、問いかけには極めて曖昧な返答に終始して、質問に完全に黙り込んだ場面もしばしばあった、という。 ≪13-13≫
判事が追及しなかったのは、この初回尋問は、彼の立場では少々時期尚早だった拘置令状の発行を正当化するための形式的な手続きに過ぎなかったからだろう。 ≪13-14≫
では、被告の絶望的な行為をどう考えるべきか? ≪13-15≫
監獄の統計が示す通り、いわゆる「常習犯たち」は自殺などしない。 ≪13-16≫
※ malfaiteurs d'habitude
現行犯で捕まった際、狂乱状態に陥って神経発作を起こす者もいれば、満腹になった獣が血まみれの口元を震わせて眠っているような、どんよりした無気力に陥る者もいる。 ≪13-17≫
だが、自らの命を絶とうなどいう考えは、彼らの頭には微塵も浮かばない。どれほど追い詰められようと「自分の皮を惜しむ」のだ。彼らは臆病で、痛がりだ。情けないポールマンは、拘留中、涙が出るほど痛む歯を一本抜く勇気すら持てなかった。≪13-18≫
※ tiennent à leur peau: 命を惜しむ、という慣用句。
※ Poulman: (以下、未確認のGemini訳註) Pierre Poulmannは1864年にパリ近郊で発生した「ラ・ヴィレットの二重殺人事件」の犯人。強盗目的で老夫婦を惨殺したが、現場で飲食をするなど、全く罪悪感のない様子だった。大男で強面だったが、法廷や獄中では一転して非常に女々しく、ギロチンを極度に恐れ、体調不良を訴えては泣き言を言うような人物だった。抜歯を怖がったエピソードは、報道され有名だった。なお、Google AI 検索の結果: 19世紀の殺人犯、ピエール・プールマン(Pierre Poulmann、別名Durand又はLegrand)は、犯行現場に残された「歯」の痕跡から足がついた、犯罪史上極めて珍しいケース。1844年にセーヌ=エ=マルヌ県のナンジ(Nangis)で、旅籠の主人夫婦を殺害した「ナンジの殺人者(L'assassin de Nangis)」として知られる。共犯者と共に旅籠を襲い、主人夫妻を殺害して金品を奪ったが、格闘の際、彼は被害者に激しく抵抗され、その際に自分の歯(臼歯)を1本現場に落とした。警察がその歯を彼の口に合わせようとすると、歯を調べることを激しく拒み、口を固く閉ざして抵抗した。最終的に歯科医が鑑定を行い、現場の歯が彼の歯列と完全に一致することが証明された… だってさ。現在深掘り中。
一方、ひとときの逆上から犯罪を犯した不幸な者は、ほとんどの場合、自らの行為の結末から逃れようとして、例外なく自殺を選ぶものである。 ≪13-19≫
したがって、被告の失敗した試みは、ルコックの説を強く支持する根拠である。 ≪13-20≫
「あの不幸な男の秘密は、よほど恐ろしいものなのだ」と彼は自分に言い聞かせた。「命よりも大事で、完璧に守り抜いたまま墓場へ持って行こうと、自ら喉を絞めたのだから」 ≪13-21≫
彼は考えを止めた。四時を告げる鐘が鳴った。 ≪13-22≫
※ Rue Montmartre(モンマルトル通り)周辺で、鐘の音が聞こえる教会はÉglise Saint-Eustache(サントゥスタッシュ教会)である。モンマルトル通りの南端、レ・アル(中央市場)のすぐ隣。某Tubeで鐘の音が聴ける。→- YouTube
彼は服を着たまま飛び込んでいたベッドから軽やかに飛び起き、五分後にはモンマルトル通りを歩いていた。当時、彼はすでにこの通りに住んでいたが、住まいはまだ家具付きの安宿だった。 ≪13-23≫
※ hôtel garni は、家具付きの安宿(下宿屋)のこと。なおルコックの住居が初登場するのは『書類百十三』第六章で「ルコックの住むモンマルトル通り」と記されている。
天気は相変わらず最悪で、霧が立ち込めていた。しかし、若い刑事にとってそんなことはどうでもよかった!… 早足で歩いていたが、サントゥスタッシュの角に差し掛かった時、野太い嘲りの声が彼を呼び止めた。 ≪13-24≫
「おい!…男前!…」 ≪13-25≫
※ joli garçon
見ると、三人の部下を連れたジェヴロルが、レ・アル(中央市場)周辺で張り込みをしている。そこは絶好の狩場だ。八百屋たちのために夜通し営業している店には、喉が渇いたコソ泥がたいてい数人紛れ込んでいた。 ≪13-26≫
「ずいぶん早いんだな、ルコック殿」と 治安局警部は続けた。「お前は相変わらず、犯人の正体を追っているのか」 ≪13-27≫
「相変わらずです」 ≪13-28≫
「結局あいつは変装した王子なのか、それともただの侯爵なのか?」 ≪13-29≫
「どちらかでしょう、間違いなく...」 ≪13-30≫
「よし!… それなら、お前の未来の報奨金から一杯おごれよ」 ≪13-31≫
ルコックは承諾し、小さな一行は向かい側の酒場に入った。 ≪13-32≫
※ débit: 酒場(débit de boissons)
グラスが満たされると、 ≪13-33≫
「助かりました!… 将軍」と若い刑事は言った。「お会いできたおかげで、手間が省けました。予審判事の命を受け、今朝、死体公示所に同僚を派遣していただくよう、警視庁に願い出るつもりだったのです。『胡椒入れ』事件はかなりの噂になっているので、多くの人々が詰めかけます。野次馬を見張り、聞き耳を立てる必要があります...」 ≪13-34≫
「そうか!... アプサント親父を開場と同時に行かせよう」 ≪13-35≫
気の利いた捜査官が必要な場所にアプサント親父を送り込むのは、馬鹿にしているのと同じだ。しかしルコックは抗議しなかった。裏切られるより、あまり役に立たない方がましだ。それに親父を信頼していた。 ≪13-36≫
「ともかく!...」とジェヴロルは続けた。「昨夜のうちに俺に知らせるべきだったな。俺が着いた時に、お前の姿はなかった」 ≪13-37≫
「用事があったんです」 ≪13-38≫
「どこで?」 ≪13-39≫
「イタリア広場です。派出所の豚箱が、石畳かタイル張りか知りたかったので」 ≪13-40≫
そう答えると、彼は代金を払い、会釈をして店を出た。 ≪13-41≫
※ salua: (以下、未確認のGemini訳註)「あ、どうも」という感じで顎を引くか、帽子の縁に指を当てる程度の、無言の会釈をしたのではないか。
「ふざけやがって!」とジェヴロルは叫び、グラスをカウンターに叩きつけた。「いい加減にしろ!あの若造は大嫌いだ!性悪の小僧め!仕事の基本の「き」も知らないくせに、偉そうに。何も見つけられないと、話をでっち上げ、予審判事を言葉巧みに丸め込んで出世しようとする。お前にくれてやるよ、俺様が、栄達の逆方向をな… ああ!俺を馬鹿にしやがって、たっぷり教訓を叩き込んでやる」 ≪13-42≫
※ le b, a, ba: 「ル・ベ・ア・バ(le bé a ba)」と読む。子供が綴りを習うとき、最初の一歩として「bとaをくっつけるとba(バ)と読むんだよ」と教わる。ロベール仏和には b. a. -ba で見出しになっていた。
ルコックは決して茶化していたわけではない。前夜、彼は被告が収容されていた派出所を訪れ、ポケットに入れた粉末を豚箱の床と照合し、決定的な調査結果を手に入れていた。いかに強情な被告人であっても、完全な自白を引き出すのに十分な圧倒的な証拠である、と彼は確信していた。 ≪13-43≫
彼が急いでジェヴロルと別れたのは、デスコルヴァル殿に会う前に、困難な任務を片付けなければならなかったからである。 ≪13-44≫
彼は、シュヴァルレ通りで二人の女性に呼び止められた御者を捜し出そうとしており、その目的のため、警視庁でフォンテーヌブロー街道とセーヌ川の間にあるすべての貸馬車屋の名前と住所を入手していた。 ≪13-45≫
※ loueurs de voitures: (以下、未確認のGemini訳註) 個人経営の馬車貸付業者。当時の貸馬車(fiacre)の仕組みは
(1) loueur(業者)が馬、馬車、厩舎、「営業許可(番号札)」を所有。
(2) cocher(御者)が毎朝、業者に一定の「元締め料(貸賃)」を前払い、あるいは一日の終わりに支払う。
(3) 御者の収益: 客から受け取った運賃から、元締め料と馬の餌代などを差し引いた残りが、御者の取り分。
※ パリには三十三箇所の乗り場があったようだ。1855年には国家主導でCompagnie Impériale des Voitures à Paris(CIV)が作られ、三社独占の事業形態に変更された。本書のはそれ以前の状況だと感じる。
調査は、当初、うまくいかなかった。 ≪13-46≫
最初に訪れた業者では、まだ起きがけの下働きの小僧たちに罵倒された。二軒目では馬丁たちは起きていたが、御者はまだ誰も来ていなかった。別の業者では、各御者の日々の運行路程が記された-----記されているはずだったが-----運行記録の閲覧を、あるじに拒絶された。≪13-47≫
※ 厩務員の種類 (以下、未確認のGemini訳註)
(1) garçons d'écurie: 10代前半〜半ばくらい。糞掃除、床の藁の交換、水汲み、道具の片付けなど、とにかく体を使う「雑用」が主な業務。
(2) palefreniers: 専門職。馬のブラッシング、蹄の管理、健康状態のチェック、そして馬車の「繋ぎ飼い(atteler)」の監督。
半ば諦めかけた七時半頃、防壁外側のトリゴーという名の店で、日曜日から月曜日にかけての夜、御者の一人が途中で引き返して客を乗せたようだ、という情報を遂につかんだ。 ≪13-48≫
なんと、その御者は中庭にいた。自分の馬車を馬に繋いでいる最中だった。 ≪13-49≫
小柄で太った老人で、顔は赤らみ、小さい目は狡猾にきらめいている。これまで御者台で鞭の柄を何束も使い潰してきたのだろう。ルコックはまっすぐ彼のそばへ歩み寄った。 ≪13-50≫
※ manches de fouet(鞭の柄): 上のイラスト参照。
「日曜の夜というか月曜の午前一時から二時のあいだに、シュヴァルレ通りで二人の女を乗せたのはあなた?」 ≪13-51≫
御者は姿勢を正すと、ルコックを鋭い目付きで値踏みし、慎重に答えた。 ≪13-52≫
「そうかもしれん」 ≪13-53≫
「はっきりした返事が聞きたい」 ≪13-54≫
「ほう!ほう!…」年寄りは人を食った調子で言った。「なるほど、旦那は馬車に忘れ物をした二人のご婦人の知り合いってわけですな。それで……」 ≪13-55≫
※ monsieur: ここは「旦那」と訳した。全部「殿」では済まないね。
若い刑事は歓喜に震えた。間違いなく、この男が捜していた相手だ。彼は遮って尋ねた。 ≪13-56≫
「あの辺りで事件が起きたのは知っているかい?...」 ≪13-57≫
「ええ、怪しげな酒場で、人殺しがあったと...」 ≪13-58≫
「その通り!… あの二人の女はそこにいたんだ。あんたに会ったとき、逃げ出す途中だった。その女たちを探している。僕は治安局所属の捜査官だ。これが身分証。情報を教えてくれるね?…」 ≪13-59≫
※ carte: (以下、未確認のGemini訳註) 19世紀後半のパリ警視庁の捜査官は、私服だったため「公的証明カード」を携帯していた。
(1) 記載内容: 本人の氏名、所属(Service de la Sûreté)、階級、そして警視総監(Préfet de Police)の署名などが入っている。
(2) 素材: 厚手の紙や羊皮紙で作られており、時には革のケースに入れていた。
太った御者は蒼くなった。 ≪13-60≫
「何だって!…あの悪女ども!」と彼は叫んだ。「桁外れのチップの意味がやっとわかった。一ルイ金貨(二十フラン)だった。それに、運賃の百スー(五フラン)が二枚、全部で三十フラン... 汚れた金だ!...使ってなければ、ぶん投げてしまいたいよ...」 ≪13-61≫
※ cent sous: 五フラン銀貨の通称のようだ。当時のは5 francs Cérès(1849-1851) 直径37mm, 25g、銀90%
※ trente francs: 三十フランは≪1-15≫の換算で二万八千円。1860年の統計だが、一日の平均収入は三フランだった。東都では「運賃としめて三千フラン」と法外に訳している(誤植かも)。
「で、女たちをどこへ運んだ?」 ≪13-62≫
「ブルゴーニュ通りです。番地は忘れたけど、建物を見ればわかる」 ≪13-63≫
※ rue de Bourgogne: rue du ChevaleretからはGoogleマップで5.8km。当時から高級住宅街。貴族や富裕層の邸宅が並ぶサン・ジェルマン・デ・プレ界隈。
「悪いが、女たちは自宅の前で降りてないだろうな」 ≪13-64≫
「そうですかね?…ベルを鳴らしてるのを見たけど。紐が引かれて扉が開き、儂が出発すると同時に女たちが入っていった。そこに案内しましょうか?」 ≪13-65≫
※ cordon(引き紐)で開く玄関。門番のいる立派なアパルトマンを暗示。
答える代わりに、ルコックは座席に飛び乗り、こう言った。 ≪13-66≫
「出発だ!…」 ≪13-67≫
※ 初出紙の連載第20回目(1868-6-15)の終わり
(つづく)
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