十六 × 二十

本について。時々他のネタも。心臓が悪いのでコメント不可です…

ムッシュ連載6 (第1部第4章の2)

たまには色っぽく。未完成に終わった映画『ムッシュー・ルコック』(1967)の企画。これがヒットしてれば、全訳は早めに世に出ていた?


高さ一メートル強の、鉄道線路への立ち入りを防ぐ柵によく似た、菱格子の柵が、空き地とシュパン後家の小さな庭を隔てていた。  ≪4-66≫

ルコックが殺人犯を捕まえるため酒場の裏手にまわったとき、この柵にぶつかってしまったが、出入口を探していると手遅れになると思ったので、ズボンを大きく傷つけながら柵を乗り越えた。 ≪4-67≫

出入口はあった。他の部分と同じような薄い板を組んだ小さな門で、太い針金が蝶番の代わりに巻きつけられ、木製の留め具で閉じられていた。そこを通って外に出入りできるようになっていた。 ≪4-68≫

さて、雪の上に残された足跡は、二人の 治安局捜査官をこの門へと真っ直ぐに導いていた。 ≪4-69≫

明らかな違いが若い刑事の目を引いた。彼は足を止めた。 ≪4-70≫

「おや…!」彼は独り言のように呟いた。「この女二人が『胡椒入れ』に来たのは、今夜が初めてじゃないな」 ≪4-71≫

「そう思うか、君?」アプサント親父が尋ねた。 ≪4-72≫

「多分間違いない。この酒場の常連じゃなかったら、この出口があるとわかるだろうか?この暗い夜、濃い霧の中で、この出口が見えるだろうか?いや、自慢じゃないが、目が良い僕でも、見つけられなかった...」 ≪4-73≫

「なるほどな!...」 ≪4-74≫

「でも、二人の女性はためらいも、手探りもなく、まっすぐそこをめがけてやって来た。それには、庭を斜めに横切らなければならないんだからね」 ≪4-75≫

古参兵は、反論できるところを見つけたいと思ったが、残念ながら見つからない。 ≪4-76≫

「まったく!」と彼は言った。「お前のやり方は変わってるよ。まだ新人なのに。俺は古手中の古手だ。お前が生まれる前から多くの捜査をやってきたが、こんなのは見たことがない...」 ≪4-77≫

「そうかな!...」ルコックが口を挟んだ。「他にもいろいろあるんだよ。そうだな、まず最初に言うと、女たちは開き戸の正確な位置を知っていたが、男は話で聞いただけだった...」 ≪4-78≫

「なに!本当か!...」 ≪4-79≫

「もちろん証明できるよ、おやじさん。奴の足跡を調べてみてよ。目端のきくあなたなら、奴が来る時、かなり大きく外れて進んだことに気づくだろう。自分の行動にまったく自信がなかったから、出入口を見つけるために、手をついて探さざるを得なかった…だから、その指が、柵に薄く積もった雪に跡を残した」 ≪4-80≫

親父は、自分の目で確かめたいと言ったが、ルコックは先を急いでいた。 ≪4-81≫

「もっともっと進もう!僕の主張は後で確かめられる」 ≪4-82≫

そう言って、足跡を追って、小さな庭を出て、外側大通りに向かった。足跡は、少し右寄りに、パテ通りの方向へと続いている。≪4-83≫
※ la rue du Patay: boulevards extérieursのすぐ外側、現在のパリ13区にある通り。

特に注意力は必要なかった。この辺りの人里離れた場所に、雪が降ってから足を踏み入れた者は、逃亡者たち以外全くいなかった。跡ははっきりとしていて、子供でも辿れるほどだった。 ≪4-84≫

四つの軌跡が、それぞれ大きく異なる形の痕跡を残していた。二つは女たちのもので、残りの二つは、行きと帰り、男が刻んだものだった。 ≪4-85≫

男は何度か、女二人の足跡の真上に足を踏み入れ、その足跡を半分ほど消していた。そのため、彼がその夜、追って来た正確な時点に疑いの余地はまったくなかった。 ≪4-86≫

『胡椒入れ』から約百メートル離れたところで、ルコックは突然、年上の同僚の腕をつかんだ。 ≪4-87≫

「止まって!...」と彼は命じた。「ちょうどいい場所に近づいている。確かな手がかりが残っているはずだ」 ≪4-88≫

そこは放棄された工事現場、あるいは建築業者の資材置き場だったのだろう。荷馬車引きたちが適当に捨て置いた巨大な石塊がそこかしこに転がっていた。加工済みの石柱や、切り出したままの岩、さらに、荒削りに角を落とした太い角材がいくつも積み重なっていた。 ≪4-89≫

そのうちの一本、表面の雪が払われた厚板の前で、すべての足跡が交わり、ごちゃごちゃに混ざり合っていた。 ≪4-90≫

「ここで、逃亡者たちは男と出会い、相談した」と若い刑事が言った。「そのうちの一人、足がとても小さい方が座った」 ≪4-91≫

「それなら、もっと詳しく確かめよう」と、アプサント親父は訳知り顔で言った。 ≪4-92≫

しかし、彼の相棒は、確認する気配を遮った。 ≪4-93≫

「ねえ、大先輩」と彼は言った。「静かにしてくれませんかね。ランタンをこっちに渡して、動くんじゃない...」 ≪4-94≫
※ l'ancien: ここの呼びかけが最初の使用。ちょっと敬意に欠けている。「おいぼれ」の含意があるようだ。
※ vous allez me faire l'amitié de : 丁寧っぽく言っているが、vous allezが断定未来形なので、命令に近い慇懃無礼らしい。
※ passez-moi la lanterne、ne bougez plus: いずれも柔げ無しの命令形なので、子供に言ってるような感じ。

ルコックの控えめな口調が突然、威圧的なものとなり、親父は敢えて彼に逆らわなかった。 ≪4-95≫

停止命令を受けた兵士のように、彼はその場に立ち尽くし、動かないまま無言で、当惑しながら、同僚の動きを好奇心と驚嘆の眼差しで見つめていた。 ≪4-96≫

自由を得た若い刑事は、思考の速度に合わせて灯りを自在に操り、広範囲にわたって周囲をくまなく探っていった。 ≪4-97≫

獲物を追う猟犬ですら、これほどまでに落ち着きを欠き、これほどまでに激しく、これほどまでに敏捷に動くことはないだろう。 ≪4-98≫

彼は行き、戻り、回り、離れ、また戻って来て、理由もなく走り出したり、立ち止まったりした。彼は、地面、木々、石、そしてごく小さな物まで、あらゆるものを触り、観察し、調べつくした。時には立ち、ほとんどの場合はひざまずき、時には腹這いになり、顔を地面に近づけて、その息で雪を溶かすほどだった。 ≪4-99≫

彼はポケットからメートル巻尺を取り出し、測量士のような手際でそれを使い、測り、測り、測った…  ≪4-100≫
※ 原文も三連発。il mesurait, mesurait, mesurait....

そして、その一連の動作は、狂ったような奇妙な身振りとともに、罵しりや小さな笑い声、悔しさや喜びの叫びが伴っていた。 ≪4-101≫

十五分ほどこの奇妙な動きを続けた後、やっと彼はアプサント親父のもとに戻り、ランタンを厚板の上に置き、ハンカチで手を拭いて言った。 ≪4-102≫

「今、すべてがわかった」 ≪4-103≫

「おや!…大袈裟じゃないか」 ≪4-104≫

「すべてと言ったのは、あのシュパン後家の店で血の結末を迎えた、あの惨劇の一切に関わることだよ。雪に覆われたこの空き地は、いわば巨大な白紙のページだ。我々が追う連中はそこに、自身の動きや足取りだけでなく、胸に秘めた思惑や、彼らを突き動かしていた希望、そして苦悩までもを書き記している。おやじさん、あんたにはこの消えゆく足跡が何を語っているように見えます? ……何も聞こえないでしょう。だが僕には、足跡を残した人間と同じように、足跡たちが生きているのがわかる。脈打ち、語り、そして犯人を告発している!」 ≪4-105≫

 治安局の老捜査官は密かにこう考えた。 ≪4-106≫

「確かに、この若いのは賢い。才能がある。間違いない。ただし、イカれてる」 ≪4-107≫

「さて、僕が読んだ場面はこうです」とルコックは続けた。「殺人犯が二人の女性を連れて『胡椒入れ』に向かっている間、彼の仲間、共犯者と呼ぼう、がここで彼を待っていた。彼は、年配の背の高い男だ-----少なくとも180センチはあり、柔らかい帽子をかぶり、羊毛の茶色のコートを着ている。おそらく既婚者だろう、右手の薬指に結婚指輪をはめているからだ... ≪4-108≫

年上の同僚が、あまりにも、おいおい、勘弁してくれよ、という反応だったので、彼は話を中断せざるを得なかった。 ≪4-109≫
※ gestes désespérés: 画像検索すると「ひぇぇ何だよ!」「うわっドン引き、何言ってんのコイツ」みたいなジェスチャーのようだ。画像検索って便利だね。

存在がようやく証明されたに過ぎない男の、これほど詳細な人相書き。そして、絶対の自信に満ちた口調で語られるその精密な分析。それらはアプサント親父の常識を根底から覆し、彼をふたたび深い困惑に引き戻した。 ≪4-110≫

「良くないぞ」と彼は叱った。「全く、気づかいがない。お前は俺に褒美を約束し、俺はそれを真剣に受け止め、お前の言うことを聞き、すべてに従った…それなのにお前は俺を馬鹿にしている。何かをちゃんと見つけて、前に進む代わりに、冗談ばかり言って…」 ≪4-111≫

「いいえ」と若い刑事は答えた。「僕は嘲笑ってなんかいない。僕がこれまであなたに話したことは、本気で確信していることであり、厳密かつ議論の余地のない真実以外の何ものでもない」 ≪4-112≫

「お前は俺にただ信じろと言うのか...」 ≪4-113≫

「ご心配なく、おやじさん、あなたの信念を無理に捻じ伏せるつもりはない。僕の捜査方法を説明したら、今は理解不能に思えることも、あまりの単純さに笑い出してしまうはずだよ」 ≪4-114≫

「じゃあ、話してみろ」と親父は諦めの口調で言った。 ≪4-115≫

「先輩。共犯者のここでの待機はずいぶん長かった。焦燥を紛らわすため、彼はこの材木に沿って何度も行き来し、時折、その単調な歩みを止めて耳を澄ませた。何も聞こえないので、彼は足を踏み鳴らし、おそらく『あいつは一体あっちでどうなったんだ!』とでも言っていたのだろう。彼が三十回ほど---僕は数えたんだ---往復した時、鈍い音が静寂を破った… 二人の女がやって来た。 ≪4-116≫
※ mon ancien: 「先輩」とした。l'ancien≪4-94≫よりも、優しげ。
※ 初出紙の連載第7回目(1868-6-2)の終わり

(つづく)
 
コメント欄を設けました。別ページに飛びます。
https://danjuurockandroll.hateblo.jp/entry/2026/02/05/013007
コメントは承認制です。